秋日和

巴里の屋根の下の秋日和のレビュー・感想・評価

巴里の屋根の下(1930年製作の映画)
4.0
本作の素晴らしいところは数多くある。例えば、視線のやり取りと丁寧なカット割りで魅せるドキドキの掏摸シーンや、女を巡って男二人がサイコロを使って勝負するシーンの頑固なまでのサイレント的演出、或いはファーストショットと呼応し、見事なまでに映画をサンドイッチするラストショットを挙げることができるだろう。勿論、他にも優れた箇所は沢山あるけれど、あまりにも沢山ありすぎて、とてもじゃないけど書き切れない。
そんな中でも自分が特に惹かれたのが、(堂々と書くのは少し恥ずかしいけれど……)キスの演出方法だった。昔の映画、と言ってしまうと些か乱暴だけれど、身長差のあるカップルがスクリーン上でどうやってキスをするのか(させればいいのか)悩んだ監督も数多くいたらしい。それもその筈、同一画面上に二人を収めるのはなかなかに困難を伴うからだ。勿論、ただ単純にバストショットでキスシーンを成立させてもいいのだけど、「それでは味気ないじゃないか」と思っていた監督も少なくない。例えば、『教授と美女』(ハワード・ホークス監督)では身長差をとあるアイテムを使って見事に埋めてみせるし、『夏の遊び』(イングマール・ベルイマン監督)は、ヒロインの職業が身長差を縮めてみせることに大きく貢献する。
本作では、序盤から主人公やヒロインの足元を捉えたショットが何度もある。「どうしてだろう」と少し不思議に思いつつ、一方で「いや、もしかしたらこれはキス演出に繋がる布石のようなものじゃないか?」と予想しながら観ていた。どうしてそんなことを予想したかというと、ヒロインがそれ以前にやたらに主人公のキスを拒んでいたからに他ならず、だからこの「キスの拒絶」の反復と「足元を捉えたショット」の反復は何処かでリンクするんじゃないか?と勝手に想像したのだ(こういった想像をすることはよくあるけれど、結構外れる)。すると、どうやら予想はあながち間違いではなかったことに気が付いた。ルネ・クレールのとある工夫によって二人の身長は無事(?)無くなったのだ。実際に観てみると「何だ、全然大したことはないじゃないか」という風に思われる方も大勢いるだろうけど、映画全体を見ると、そのキスシーンがいかに掛け替えのないものであったかに気が付くと思う。
ちょっぴり悲しいストーリーながらも、優しさを忘れないルネ・クレールの心遣いに涙する、そんな作品だ。
秋日和

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