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アラビアンナイト 三千年の願いのumisodachiのレビュー・感想・評価

3.9



物語研究者であるアリシアは、講演先のイスタンブールの古道具屋で青いランプを買う。ホテルの部屋でランプを洗っていたら、中から巨大な魔人が現れた。3つ願い事をしてほしいと頼む魔人に、アリシアは過去を語ることを要求するのだが……。

ゴリゴリのファンタジー作品。テーマは物語を語ることそのものであり、ナラティブを真正面から扱った文学的要素の強い作品に仕上がっている。

魔人が今まで3度も封印されてしまった理由は「(女性への)欲望」だと最初にハッキリと語られるため、魔人の物語の根幹には常に性愛の要素が付きまとう。聖書や歴史のエピソードが入ってきて歴史絵巻物みたいな雰囲気もありつつ、基本は「惚れて」、「愛欲に溺れて」、「そのために失敗して封印されて」、「何百年、何千年も待つ」という繰り返しなので、【愛の物語】という印象を持つ人もいるだろう。

私の印象では、魔人やアリシアの愛がどうのこうのよりも、「物語」こそが本作のテーマだと感じた。科学のナラティブが主流になっている現代社会における、神話や物語のナラティブの重要性というか、むしろ物語ることによってこそこの世に存在すると感じられる、物語ることによってのみ生きる実感を得るといったメッセージ。そしてゼフィールの章においては、科学もまた「物語」であり、物語と相反するものではないのだということが強調されている。

あの魔人は性愛や欲望の象徴のような存在だが、物語そのものでもある。アリシアが人生を共に歩きたいと感じたのは、パートナーを見つけたいとか、恋愛をしたかったとかそういうことではなく、「物語を手放したくなかった」んだと思う。かつて物語を手放してしまった過去があるアリシアが、今回は決して離れないと誓ったといえばいいのか。

性愛を軸にしたことにより、艶めかしい大人のファンタジーに仕上がっていて、スクリーンの中から香油の匂いが漂ってきそうな密度があった。全体的に世界観の作りこみも見事でさすがのセンスだなという感じだが、ファンタジーが苦手な人や文学的な色付けに惹かれない人にとってはおそらくかなり退屈だろう。私はとても好きでした。


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