幽斎

ザ・オペラティブの幽斎のレビュー・感想・評価

ザ・オペラティブ(2019年製作の映画)
4.0
アメリカとソ連は宇宙での共存を目的に、長きに渡る冷戦を終結させ日本を加えた3ヶ国で宇宙の利権を独占する新時代へ向かう。しかし、地上では宗教対立が止まず、米露日を脅かす中国の存在が経済戦争と言う新たな局面を孕む。時代遅れの007やM:Iシリーズが生き残れるのも、かりそめの危機が有ればこそ。

原作はYiftach Reicher Atir著「The English Teacher」日本では「潜入」ハヤカワ文庫NV、鑑賞前に読了済。著者はレビュー済「エンテベ空港の7日間」作戦に参加した本物のスパイ、退役後は自らの体験を活かした国防軍情報部隊、通称「モサド」を描いた小説を相次いで出版。日本人目線で言えばイスラエルは一番遠い存在とも言え、自衛隊とアメリカに守られた温室育ちでは理解し難い点も多い。建国・国家・民族・宗教・パレスチナ・イスラム原理主義との相関係を咀嚼しないと本当の姿は見えない。

イスラエルの同盟国はアメリカ合衆国のみ、対するアメリカは優先順位で言えば1位イギリス、2位日本、3位イスラエル。恐ろしいのはイスラエルはアメリカと共同歩調、等と品の良い行いは皆無で有名な「シリア原子炉爆破作戦」シリア国内で見つけた北朝鮮製のアルキバール原子炉を単独で爆破!、CIAもMI-6も与り知らない情報を基に独断実行。尻拭いをアメリカに任せる冷淡ぶり。この事件の顛末は「シリア原子炉を破壊せよ」並木書房より出版済、本作を生温いと知ったかする前に読んで欲しい。

Yuval Adler監督、イスラエル人。前作「ベツレヘム 哀しみの凶弾」イスラム原理主義組織との争いを描くが同時期の「アメリカン・スナイパー」ハリウッドの洗脳とは対極にある姿を描いて、世界の映画祭で喝采を浴びた。小説風に言えば、混沌、絶望、狂気、諦観。全て地球の裏側で起きてる現実の重さに、ハンマーで頭を叩かれる衝撃を受けた。今、「ディア・ハンター」を観て、もう一度名作と言えるのか私には自信がない。ハリウッド目線のベトナム後遺症、つまり被害者ズラした冒険映画に過ぎないと、本作を観て改めて思う。

Diane Kruger、45歳。ドイツを代表する数少ない国際派女優。「女は二度決断する」カンヌ映画祭女優賞など、高い演技力の一方で私生活が奔放な事でも有名。地元ドイツで2019年2月第69回 ベルリン映画祭プレミア上映。世界三大映画祭の開催国ながら、毎度ドイツ人の監督や俳優は受賞を逃す、それはハリウッドが映画の発祥国フランスに引けを感じる一方、彼らは映画を吹替えや字幕で見る事に嫌悪感を感じるから。

Martin Freeman、49歳。イングランドを代表する俳優。日本でも人気の高い彼だが、中々私の範疇であるミステリー、スリラー作品には出逢いがない。「ゴースト・ストーリーズ 英国幽霊奇談」やっとレビュー出来た"笑"。当初、彼の役はEric Banaが演じる予定で製作が進められたが、監督が原作をリライトした脚本を見て、自ら降板した(理由は後述)。私は原作を読んでるので、彼の気持ちは何となく判る。

気にしない方多数だろうが原題「The Operative」さぁ皆さん声に出して読んで下さい。ね、これ「ザ・オペラティブ」じゃなくて「ジ・オペレイティヴ」が正解。ザ、とかこんな邦題を付けるから、未だに英語後進国と陰口を叩かれる。邦題を付けたキノフィルムズは、木下工務店と言う土建屋さんが本業。レビュー済「空母いぶき」骨太の作品を製作する映画会社でも有る。買い付けたニュースを聞いて京都のミニシアターで観れる事を心待ちにしたが、待てど暮らせど音沙汰無し。その声が届いたのか昨年の2月「kino festival」と称して塩漬けしてた30作品を横浜みなとみらいで一気上映。残念ながら武漢ウイルスで参戦できず、本作もその1つ。

原作者が本物のモサドで監督もイスラエル人。007やM:Iシリーズの対局を描く。大人向けのスパイ映画、と言う昭和なフレーズも思い浮かぶが、原作に忠実な諜報員目線で生活する事へのストレスなど、現場を知る故のリアリズムに富んだ演出。世界最強と自分で宣伝するモサドのありふれた日常が描かれる視点はフレッシュ。地味なスパイが、逆に真の諜報戦とは何かを問い掛け、身近だからこその恐怖も感じる。

本作は「純イスラエル目線」で、Eric Banaが降板したのもソレ。彼の父親はクロアチア人、母親はKrugerと同じドイツ人。共にイスラエルに好感な国ではない。もっと言えば、イスラエルを心の底から友好国だと思ってる国など存在しない。国是が「世界に同情されて滅亡するより、全世界を敵に回して戦って生き残る」最初から喧嘩腰なのだ。そんなイスラエルの製作会社は、幾つかのシーンを「内密に」撮影。イラン政府はイスラエルがテヘランを撮影するのは当然許可しない。ならばと監督はドイツの会社をダミーとして、更に下請けのフランスの会社を使って無許可撮影、撮られた市民にも伝えなかった。本物のスパイ活動の如く製作、フェアを好む同盟国のアメリカで評価が低いのも無理もない。

本作がロマンスに逃げてるとか、そんなの重箱の隅を突く感想でしかない。イランの留学生にも見て貰ったが、彼女は「イランの街路と雰囲気が懐かしかった(本物だから)、イランの人を心を持って描いてた」と割と好意的で驚いた。彼女の感想を別視点で言えば映画はエンタメだけじゃない、と言う事。原作と大きく異なる結末の描き方、編集し間違えたとか、ラストシーンを撮り損ねた等ではなく意図的且つ恣意的。もし、本編のラストを見て「尻切れトンボ」と思うなら、貴方はスパイにスカウトされないので、ご安心を。

「敬意を払うべきだが現実は消耗品」それがスパイ。彼女が安全に為る事はないのだから。
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