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アフター・ヤンのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

アフター・ヤン(2021年製作の映画)
4.5
[さようなら、ヤンがいた世界] 90点

大傑作。『コロンバス』で世界を熱狂させたコゴナダの二作目。アレクサンダー・ワインスタイン『Saying Goodbye to Yang』に緩く基づく本作品は、"テクノサピエンス"と呼ばれるアンドロイドのヤンと彼の家族についての物語である。ヤンのようなテクノサピエンスや隣人一家のようなクローン人間が当たり前となった世界で、茶葉を売るという古典的な仕事を続けるジェイクと、超多忙でジェイクと入れ違いになることの多い妻のカイラは、中国から養女ミカを迎えるに当たって、ブラザーズ&シスターズ社製テクノサピエンスのヤンを購入した。彼に育児を担当してもらう目的ではなく、ミカと中国文化を繋ぐために購入したらしく、今では立派な家族の一員である。『エクス・マキナ』のセクシーなブギ以来とも評される魅力的なOPクレジットシーンでは、全世界の家族が連携ダンスを競い合うイベントで、ジェイクたちや隣人一家を含めた他の登場人物の家族たちが、妙に癖になるダンスを踊っており、我々が動くヤンを観る最後の機会となった。突然兄を失ったミカは動揺し、ジェイクはヤンを修理できる場所を探して東奔西走するが、正規で購入していないことから、最終的にヤンのメモリーバンクを手に博物館へと辿り着く。

本作品は先行する様々な作品を、互いが邪魔しないようまとめ上げた、一度で何度も美味しい作品である。ヤンは"一日にメモラブルと判断した数秒程度の記録を保持し続けられる"という大昔に禁止になった機構を備えており、それを取り出してジェイクが確認する姿は、どこか『ブレードランナー2049』に似ている。アンドロイドにそれなりの背景記憶を入れることで人間に近付けるという手法はドラマ『ウエストワールド』でも語られていた(『ブレードランナー2049』にも登場)。完全な記憶を再現するヤンに対して、映像では何度も同じ単語を異なる速度や感情で繰り返すことで人間の記憶の曖昧さを描き、それはアラン・レネ『ジュ・テーム、ジュ・テーム』で登場した手法だった。また、数秒の散乱した長い期間の記憶を見るのは『A GHOST STORY』や『メッセージ』にも似ている。それらの要素は全く喧嘩をしないどころか、互いを高めるように配置されているのが上手い。

ヤンを息子として共に過ごしてきたジェイクは、彼が"メモラブル"と判断した短い時間に、自分や妻や娘がいて、同じ時間に同じものを観ていたことに深く感動する。しかし同時に、自分の知らない少女エイダの記憶を探り当て、ヤンの物語を紐解いていくことになる。ヤンとは何者だったのか?それはヤンを悩ませた問題でもあった。人よりも長い時間生き続ける自分は何者なのか(どの時代の記憶でも鏡を見るシーンを"メモラブル"と判断している)、自分は本質的に中国人なのか(ミカに教える知識は知識であり、経験ではない)。後者は韓国で生まれてアメリカで暮らすコゴナダ本人の悩みでもあるのだろう。その点で、全てを包含しうる作中世界は、その答えが見つからなくても受け入れてくれる深さがある。
自分の知らないヤンの物語と対置されるのは、もちろん自分の知っているヤンの物語であり、ジェイク/カイラ/ミカそれぞれがヤンから生き方を説かれたシーンが登場する。それは、ヤンの知識を経験として継承したことの証であり、そのままヤンを継承したことにも繋がってくる。ヤン本人がミカに語った"家系図への接木"の概念は、回り回って本人にも適用されている、このことを映画は証明したのだ。

ヤンが数秒の記憶と正確な知識のプログラムであるなら、人間との違いはなんだろうか?それは、ある種感情的/感傷的な本作品のアプローチこそが答えになっている気がする。つまり、感情である。ヤンは"生きていた"というより"存在していた"という方が近いのだが、の記憶に感情を乗せて継承するのは人間にしか出来ないことなんだろう。その点で、本作品のジェイクは、全てがデジタルになった世界で茶葉からお茶を入れるという古風な生き方を提唱し、隣人のクローン双子娘はどこか苦手で、"ヤンは人間になりたがっていたのか?"とストレートに訊いてしまうほど傲慢であるという、感情的な人間として描かれているのも興味深い。

本作品はひたすらに優しく、全てを受け入れる懐の深さがある。今の世界が抱える問題を全て解決した後のような、平和で幸福そうな世界が広がっているのだ。それが全ての文化の均一化としてオリエンタリズムと結びついているのが若干受け入れがたい。世界が一つにまとまることと、文化が地域に根差すことは両立しうるだろう。店の内装や衣装なども『コロンバス』に近ければ文句もなかったので、ちと残念。
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