まさか

アフター・ヤンのまさかのネタバレレビュー・内容・結末

アフター・ヤン(2021年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

韓国系アメリカ人のコゴナダ監督最新作。前作『コロンバス』はモダニズム建築の名作が集まるインディアナ州コロンバスを舞台にして、主人公の2人が街をそぞろ歩くシーンが印象に残る作品だったが、本作は打って変わって大半が屋内のシーンで構成される近未来SFだ。

舞台はどこの国のどこの地区とも判然としない町。そこでは「テクノ」と呼ばれる人造人間(アンドロイド)が人々の暮らしを助けている。アンドロイドと人間の関係を描いたSF作品はあまたあり、代表的なものとして映画では『ブレードランナー』、最近のゲームでは『デトロイト』などが挙げられるが、これらの作品の多くは、独自の意思や感情を持つに至ったアンドロイドの集団と人間社会の闘いを描き、アンドロイドのいる未来は薔薇色ではないという世界観を共有している。

一方、本作はそれらとは趣を異にして、アンドロイドは人間社会に溶け込んで共存している。ここではアンドロイドの存在自体が問われることはない。監督の狙いは、アンドロイドとの交流から主人公が気づくことになる、人として忘れてはならない大切な何かを描くことにある。

物語の主人公は中国茶の店を経営するジェイク、キャリアウーマンの妻カイラ、養子のミカ、そして5年前から家族と暮らすヤンと呼ばれる心優しいテクノである。

ヤンの容姿が中国系だからか、中国系のミカはヤンに心を寄せていて、2人は深い絆で結ばれている。しかしある時ヤンが故障で動かなくなる。ジェイクは八方手を尽くしてヤンを甦らせようと努めるもののうまくいかず、彼が元に戻ることはなかった。

だがヤンの体内には、ある特別な機能を備えた微小な部品が埋め込まれていることが判明し、その部品の機能を助けにジェイクはヤンの過去を知ることになる。本作のここがハイライトで、ジェイクはヤンの来し方を知ることで、改めて人としての大切なことに気づかされる。

劇中にはテクノの他に、クローンと呼ばれる人(ES細胞からつくられるクローン人間)や、白人、黒人、黄色人種など、さまざまな属性をもつ者たちが登場し、互いに争うことなく共に暮らしている。白人のジェイク、その妻で黒人のカイラ、彼らの養子で中国系のミカ、そしてテクノであるヤンという家族構成に象徴されるように、コゴナダ監督は意識的に多様な人々を登場させ、彼らがごく自然に穏やかに助け合う姿に光を当てているのだ。

トランプ前大統領が煽ったことで燎原の火のごとく広がってしまった怒りと分断のうねり。そんな時代への、本作はコゴナダ監督の静かなアンチテーゼなのではないか。同時に、人間とは何か、心とは何か、記憶の働きとは何かという難しい問いに、詩情あふれる映像で一つの答えを示した作品とも言える。それはコゴナダ監督らしい、ちいさな希望にも似た答えである。
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