なべ

アフター・ヤンのなべのレビュー・感想・評価

アフター・ヤン(2021年製作の映画)
5.0
 随分前に観たんだけど、感じたことをうまくレビューできなくて、ずっと悩んでた。おもしろさを伝えたいんだけど、ストーリーを紐解いてもそこにおもしろさはなくて、書いては直し、書いては直しを繰り返してた。
 RRRやオールドボーイのレビューから先に書こうとも思ったが、アフター・ヤンをクリアにしないと先に進んではいけない気がして。
 満点はあり得ない!って人も多いと思うが、ぼくにとってはとても特別で、残りの人生になくてはならぬ一本となったのでここは5.0で。

 男女4人があさっての方を向いたポスターからこの映画の世界観が窺える。ひとことでいうと、小津安二郎構文の近未来SF家族映画だ。強い推進力を伴うストーリーテリングはないが、代わりに静謐な抒情をたたえている。A24らしい独特の風合いを持つとても美しい作品でぼくは好き。大好き。
 なんというか、家族の話でありながら、ここにいる人物たちはみんな孤独だ。別に仲が悪いわけじゃない。むしろいい。信頼できる人が隣にいても人は孤独だっていう特性上の孤独。特に家族の中でのお父さんの孤立感がなんともいえない具合で身につまされるというか、とにかくセンスあるなあと。
 そういえば登場する部屋のしつらえやモダンリビングもセンスがいい。ガタカもエクス・マキナもそうだけど、インテリアでセンスが光ってる作品はだいたい当たり「ウェス・アンダーソン除く)。

 ブレードランナーのレプリカントもそうだったけど、アンドロイドたちは思い出が好きだ。記憶は孤独を癒し、つながりを実感できる心の拠り所となるからか、自身の存在の証としてとても重要なのだろう。でもそれはヒトも同じ。
 故障したアンドロイドを修理しようとして、図らずも目にするヤンの記憶。このメモリーを通じて、ジェイクはヤンの心の内を知る。時代を越えたヤンの恋まで!(もちろんそれらは擬人化して見るヒトの勝手な捉え方なんだけど)
 かつて時間を共有した大事な女性との再会。彼女は故人のクローンだから別の個性なのかもしれないけど、ヤンにとっては…
 ヤンの記憶の断片を見るごとに、自分が自分である理由や、帰属性、時間というもの、ひいては運命と呼べるものまで見えてくる。
 中国茶葉の専門店の売上げに苦しむジェイクがヤンとの対話を通じて、茶葉への想い、哲学を思い出すシーンが印象的だ。ああ、そうだったと内から湧いてくる勇気や覚悟みたいな強い感覚。
 養女のミカが遺伝的には親子ではない自分のアイデンティティに悩むシーンでは、ヤンが接ぎ木のメカニズムでミカの不安を払拭するのだが、こういう不確かな悩みに対し、ヤンは引用とロジックで不安の解消を図るのね。彼の的確な優しさに涙腺が緩む。
 アイデンティティの拠り所となるのは、人種や遺伝子ではなくて記憶なのではないか。
 自分は何者なのか…よくあるSF的命題だが、その言葉を使うことなく、印象的なイメージを通してそっとささやきかけてくるような、そうした心根のやさしさとセンスの良さ。気がつくと隣に寄り添われている感じがしてとても心地よい。
 ヤンの記憶を巡る心の情景は観る者の記憶を巧みに刺激し、奇妙な共感を呼び起こしていく。その刺激は登場人物だけでなく、ぼくにも及ぶ。例えば春に亡くした父の魂の行き着く先をふと思ってみたりして、この映画のポテンシャルというか薬効みたいなものに驚いた。

追記
コリン・ファレルはめっちゃ出る作品を選んでるな。演じたことのある役は選ばないというか、硬軟自在というか。彼がチョイスした作品なら、と今後は目安にできるかも。
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