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アフター・ヤンのumisodachiのレビュー・感想・評価

アフター・ヤン(2021年製作の映画)
4.6



『コロンバス』のコゴナダ監督の最新作。今回はSF。

近未来のどこか。ジェイクとカイラは養女のミカのために中国文化を伝える人型ロボットのヤンを購入し、4人で慎ましく暮らしていた。しかし、ある日ヤンが故障して動かなくなってしまう。コアが壊れているので直せないと言われたものの、ヤンを兄のように慕っていたミカは消沈してしまいジェイクは途方に暮れる。そんな中、ヤンが毎日数秒間だけ映像を記録する機能が備わっていたことが判明し……。

『パターソン』みたいな作品だと感じた。静謐で温かい。一瞬一瞬を大切に閉じ込めていくようなきめ細やかさで、さまざまなテーマを丁寧に丁寧に扱っていく。

喪失、AIと人間、偏見、家族。ヨーロッパ系、アフリカ系、アジア系で構成された一家。一見して実の子どもではないとわかる彼らの醸し出す空気感。冒頭のダンスコンテストの妙味から、瞬時に静へと変化して流れていく静かな喪失の時間……中国系の養女のために購入した伝統文化を伝えるロボットのヤン。ミカにとっては実の兄と変わりがないほどに【人間】だったヤンだが、ジェイクがあちこちに修理に行くたびに、いやでもヤンが【機械】だと認識させられる。まるでスマホを修理に出したときのような説明が並び、そのたびに心がざわめくジェイク。

ヤンが記録していた映像は美しく温かく、それはどう考えても【心】でしかなかった。私としては、人間の感情だって脳の反応にすぎないのだろうから、何らかの電気反応によってロボットに感情が生まれたってまったく変ではないのでは?と昔から思っていたりする。

話は変わるのだが、以前知人とウミガメについて少し言い争いになったことがある。「ウミガメが産卵で泣くのは生理現象であって、悲しかったり辛かったりするわけではないらしい」と彼女は言ったのだが、ウミガメが涙を流すことが物理的な現象だったとして、そこに感情が介在しないなんてなぜ言えるのか?と私には疑問だった。だって、人間が涙を流すのも厳密にいえばなんらかの物理的な現象なわけでしょ?結局のところ、他者の身体の内部での反応などわからないのだ。それはロボットだって同じなのではないか。

ま、それはともかく……ヤンの記憶を見ながら、もし1日のうち数秒だけ録画できたらどうだろう?と私は想像した。息子が生まれてからは特に、「ああ、この瞬間を一生覚えておきたい」と感じることが多くなった。晴れた日に小さい息子を胸に乗せて昼寝をしているときとか、とても嬉しそうに息子が笑ったときとか、電車の中でまだ小さい息子がお年寄りに自分から席を譲ったときとか、何気ない瞬間を動画で記録出来たらどんなにいいかと何度も感じてきた。私にとって本作は、そんな日々のかけがえのなさを照らしてくれる映画だった。

ロボットであるヤンのことは機械だと割り切れないのに、クローン人間に対する差別意識を払拭できないジェイクの弱さとか、決して経済的にゆとりがあるわけではない中で懸命にがんばるけれど嚙み合わなかったりする夫婦の様子とか、ヤンを通して描かれる恋に通じる感情とか(失った家族が持っていた知らなかった一面という要素もある)、ヤンを失ったことによって心身に変調を来すけれど乗り越えようとするミカの姿とか、ヤンとカイラの間で交わされるきわめて本質的な会話とか、この映画には無駄なものが一切ない。伏線回収という意味ではなく、すべてが重層的に「世界」と「人間」を描写しているのだ。完璧な調和を示す美術もしかり。コゴナダ監督の次回作が今から楽しみで仕方がない。

あ、あとコリン・ファレルはお箸の持ち方が完璧です。








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