シャチ状球体

アフター・ヤンのシャチ状球体のレビュー・感想・評価

アフター・ヤン(2021年製作の映画)
4.3
クローンが人間と異なる存在なのか否か、クローンは恋愛感情を持ち得るのか否か。そんな陳腐な問いに対してこの映画は明確に答えを避けている。
人間だろうが何だろうが、同じ属性だろうが何だろうが、同じ経験をし得るし全く異なる経験もし得る。クローンの恋愛に興味を持つ前に、人間が恋愛感情と呼ぶものの正体をじっくり考えることが必要だ。
そもそも、様々な点が同じではない存在を人間と同列に扱うか否かを思考実験すること自体が人間の驕りだと思う。

序盤でいきなりヤンは機能停止してしまい、その後は家族にとってヤンがおかに大切な存在であったかが回想シーンで語られるのが切ない。
ヤンのメモリに残された映像はランダムかつそこまで重要な場面ではないうえに長さも数秒のものばかりだけど、逆にそれがミカ達の記憶の中にしかない思い出の儚さを強調している。

最初から最後まで超スローテンポで、劇的なドラマもない。親しい人が様々な事情でいなくなった後は、大抵こんな静寂と後悔と郷愁を覚えたりするはず。無理だと分かっていても修理する方法を探そうとするし、また元通りの生活に戻ってほしいと心から願うし、眠れない夜には台所まで一緒にコップに水を注ぎに行きたくなる。
人種差別が今よりはマシになるかもしれない近未来でも、生と死は切っても切り離せない。"生"と"有"が存在する限り"死"と"無"も同じ空間でお茶を飲んでいたりするのかも……。

そして、タイトルも良い。ヤンがいなくなる前と後とでは明確な区切りがあるってこと......エモい。
シャチ状球体

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