ヨーク

オルジャスの白い馬のヨークのレビュー・感想・評価

オルジャスの白い馬(2019年製作の映画)
3.9
去年前田敦子が主演する『旅のおわり世界のはじまり』の感想でも書いたと思うけど俺は中央アジアが好きなので本作『オルジャスの白い馬』を観たのもそこが最大の理由です。『旅のおわり世界のはじまり』はウズベキスタンが舞台だったけど本作はカザフスタン。
俺が愛してやまないシルクロードにおける三つの主要幹線のうち草原の道と呼ばれるルートがこのカザフスタンのステップ地帯を横断するルートである。草原の道という名の通り見渡す限りの草原地帯で多分多くの人がモンゴルという国のイメージとして思い浮かべるような風景がどこまでも広がっている地帯であろう。シルクロードには他にオアシスの道や海の道といったルートもあるがおそらくこのカザフスタンを横断する草原の道がもっとも平易で移動しやすいルートだったのではないだろうか。一番古くて遊牧民が媒介する交易路があったと言われるのもこの草原の道だ。まぁとはいえ、唐代にもっとも盛んな交易路であり狭義のシルクロードといえばオアシスの道であり、また日本人の多くがシルクロードという語を聞いてぼんやりと思い浮かべるのもまたオアシスの道であろうが。
いやシルクロードのうんちくはどうでもいい。これは映画の感想だ。
本作はまぁ上で書いた通り草原の映画ですね。もうほとんど草原が舞台で緑の大地と遠くに見える美しくなだらかな丘陵がほとんどを占める映画。あと猫。もちろんカザフスタンにも都市部はあるのですが本作の舞台は多分牧草地になっている草原の小さな集落。そこで両親と暮らすオルジャス少年の物語なんだけど少年の父親はある日事件か何かに巻き込まれて殺されてしまう。事件か何かというのはまぁぶっちゃけ俺が居眠りこいてたのでよく分かってないのだがとにかく殺されたんですよ。殺人事件だ。大変。んでそんな草原しかないような田舎の集落で殺人事件に巻き込まれたとなると色々変な噂が立ったりしてオルジャス一家は村に居づらくなって引っ越しをすることになるんですね。カザフスタンでもクソ田舎は陰湿なのかと気分が沈んでしまうがまぁそこは脚本の都合なのかもしれない。そしてその引っ越しを控えたオルジャス一家の前に森山未來演じるある男が現れる。これはもう予告編でも公式ページでも書かれているのでネタバレではないと判断して書くがその森山未來が実はオルジャス君の実の父親なんですね。殺されたのは義理の父親だった。ただある理由があって森山未來はオルジャス君に自分が父親だと名乗ることはできない。そんな中でのオルジャス君と森山未來の関係を描いた映画です。
いや面白かったですよ。劇的な演出とかはあんまりないけどカザフスタンの風景と同化したような人物たちの淡々とした物語は普遍的でグッとくるものがある。作中で時代を匂わせる描写は少なかったと思うが多分本作はソ連が崩壊した直後の90年代くらいなのではないだろうか。カザフスタンに限らないが旧ソ連の周辺国はその時代は政治的にも経済的にも混迷を極めていたはずで本作でも日々の生活の困難さが画面の端々にあったように思える。そこがまた自然の風景の美しさとは対比的で世俗の生き辛さを感じるところもあり面白くもあった。
あと本作は構造的にはかなり古き良き西部劇でもあったと思う。ざっと紹介したあらすじも舞台がテキサスの荒野の外れにある集落でも違和感はないはずだ。自分の正体を明かすことはできないが家族が安全な新天地に行くまで彼らの警護役をする主人公とかいかにも西部劇の主人公然とした設定じゃないですか。しかも自分が少年の父親だと名乗れないというヒーローもののお約束もあるからね。激しいアクションではないがドライで緊張感のある銃撃戦もある。これはもうほとんど西部劇でしょう。中央アジアでも西部劇ができるというか、むしろ風景的にもぴったりなのではというのは俺にとってちょっと目からうろこでしたよ。カザフスタンでもウズベキスタンでもアフガニスタンでもいいからこの路線をジャンルとして定着してくれないかなと思うくらいにはいい雰囲気の映画でした。中央アジアなら現代が舞台でも馬に乗ってて違和感ないし。ないよね? ないだろ。
まぁ父と息子の物語としてはそこまで飛び抜けて素晴らしいとは思わなかったけれどロケーションを含めた雰囲気は本当に素晴らしくていい映画でした。単にお前が中央アジア好きなだけだろと言われたらまったく否定はしませんが。ぶっちぎりな個性はないけどその分普遍的だと言い換えることもできるのでそこはいいでしょう。
あと、上の方でちらりと書いたけど本作はちょっとしたタイトル詐欺で『オルジャスの白い馬』というタイトルの割に馬よりも猫の方が画面にはよく映っていたと思う。それがダメなのかというと全然ダメじゃないしもっと猫見せろよと思うんですけど、でもそれと同じくらいもっと馬見せろよとも思いましたね。いや馬もめっちゃ格好良く撮られてたけど。丘の稜線の向こう側からカメラに向かって十数頭の馬が駆けてくるシーンなんて、絶対に手書きのアニメではできないだろうな、と思ってにやにやしながら観てましたよ。でももっと馬見たかった。猫もだけど馬も好きなんで。
面白い映画でした。もっと中央アジアが舞台の映画増えろ!
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