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WAVES/ウェイブスの海のレビュー・感想・評価

WAVES/ウェイブス(2019年製作の映画)
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わたしが今死んだら、猫はどう思うだろうかと考えたことがある。調べてみると、猫の中には死という概念がなくて、たとえば飼い主が、ある日突然死んでしまったら、ただ、「帰ってこないな」と不思議に思うらしい。そしてそういう日が何日もつづいたら、「もう帰ってこないんだ」と気づいて、悲しいと感じるらしい。そういう悲しみを教えたくないから、わたしはどうしても死ねないのだと思う。いつから繰り返しているのかもうわからないくらい、家庭と、職場と、SNSと、幾つかのコミュニティを当たり前のように行き来している。あなたはあなたでしかないのに、時々そのひとに対する自分の望みが見えてくるようになるのが嫌だ。わたしたちは、どうしていつだってどちらかでしかいられないんだろうか。どうしてひとりでふたつ以上の魂を持てないんだろうか。どうして自分で選んでいる道の上でこんなにも孤独なんだろうか。会えない人に、会っていることをおもった。会えない人の、会いたい人であることをおもった。もしも神さまが、だれかひとりを選んで自分のそばに置くというのなら、そのためにこの世からだれかひとりを殺すよというのなら、選ばれるのはわたしじゃなくて、わたしの目の前に居るあなたなのだとおもえる。聞き取れるのに意味を持たない言葉がわたしの耳の奥まではいって、約5分間、体中を満たしつづける、首の裏を噛んで胸の下をつねって肋骨の間をえぐってふくらはぎをなめていく45%の蓄電と55%の浪費。板であるスマホ、ただのデータである写真や言葉、目に悪いライト、わたしたちはこんな醜い世界にうまれた。いっそあふれたらいいのに、満ちる以上の何もそこにはないから傷ひとつない脚で空を掻いた。手にふれているのに、目にみえない脈動がある。それはなに。波に似ている。それにしか例えられないのは、わたしはそれ以外に何も知らないからだ。とべないから泳いだんだ。高く高くいくよりもずっと遠くまでたどり着けるはずだと信じた。あなたの水を裂く力は尽きるはずないと信じた。いつか言いたかった言葉。いつか言ってしまった言葉。いつか言うはずだった言葉。いつか言うべきだった言葉。それがひとつひとつ思い浮かんでは意味をうしなって消えていった。なにもないほうがいい。なにもかもあるよりいい。そのほうがずっといい。ほんとうだよ。望みを持つのは怖い。でも望みばかりがあるの。永遠に生きたい、あなたを悲しませないために、永遠に生きてほしい、わたしを悲しませないために。それが本音だよ。どうやったら伝えられるだろうか。かおも知らないあなたの手を取って泣き出したい。聖人じゃないあなたの姿をそうであるように見つめたい。そのためなら何だってできるのにできることが何ひとつないわたしの。わたしの無力な手。わたしの無力な口。わたしの無力な声。わたしの無力な脚。あなたがあなたの心で動かしているあなたの体。わたしたちはなにになれるだろう?わたしはどうすればあなたを抱きしめてあげられるんだろう?わたしはあなたをどんなふうに抱きしめればあなたを抱きしめたことになるんだろう。わたしがわたしの心で動かしているわたしの体。ぜんぶわかっている。わかっているからできない。言葉で言えるから、言えないんだ
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