なべ

コリーニ事件のなべのレビュー・感想・評価

コリーニ事件(2019年製作の映画)
4.9
 とても見応えあった。ドイツらしい知的表現の極みのような作品。予告編で、ナチスの戦争犯罪を暴く法廷ものだとはわかっていたが(法廷は出てくるがいわゆる法廷ものとは少し違う)、本作で明らかになるのは、ユダヤ人差別が絡まないナチスの戦争犯罪。その本質。ホロコースト以外でもナチスは残虐だったのか、あるいは人種差別が伴わないその罪はどこまで軽くできるかという、ドイツの不都合な真実をさらけ出す話なのだ。

 トルコ系マイノリティの若き弁護士カスパーの法廷デビューは、財界の大物を殺した男の国選弁護。犯人は動機を黙して語らない上、被害者はかつての恩師であったという設定がもう名作じみてる。
 犯人の動機が詳らかになるにつれ、恩師の過去が明らかになる二律背反。このあたりの葛藤が巧みで、単なるホワイダニットにとどまらない映画的おもしろ味に満ちている。
 犯人の動機が戦時下のイタリアのピサで行われた残虐行為にあったと明らかになるシーンで、傍聴席に広がるどよめきと困惑。多くのドイツ人にとってナチスは鬼門だ。ナチスのせいでいまだに彼らはドイツ人であることに誇りが持てないでいるのだから。せっかくスキャンダラスな殺人事件だと思って傍聴していたのに、ナチスが絡んでるとわかったときの落胆と辟易。それがよくわかるとてもいいどよめきだった。予告編を見ていたから、本来得られる衝撃がまったくなくて少し残念ではあったが、そこはテーマの本質ではなく、あくまできっかけだからよしとしよう。ネタバレというほどネタバレではないのかもしない。
 過去を探る突破口となるのが名銃ワルサーP-38という、小道具選びのセンスにも舌を巻いた。そのクラシックな銃器を殺害に使うことの意味。その意味を知りたいって好奇心が、そのままサスペンスの高まりにつながっていくからだ。

 かくして若き弁護士は華々しいデビューを飾るのだが、果たしてその判決は…⁉︎

 被害者ハンス・マイヤーから受けた恩義が、無償の愛ではなく贖罪だったと知る人生のほろ苦さに、ぼくは悶絶したね。こうした簡単に気持ちよくさせてくれない幕引きも、名作の名に相応しい味わい深いものだ。
 名状し難い余韻が長く持続する映画ってなかなか巡りあえないけど、本作は派手なアクションはないけど、思考はとても躍動し、気持ちは忙しなく一喜一憂できる作品だ。そんな映画をおもしろいといわずして、何をおもしろいといおう。

 エピローグ。ピサでのシークエンスはそれまでの知的興奮とは相容れない情緒的な演出だったけれど、場所がイタリアだから許してもいいかな。あれがないと救われないって人もいるだろうし。

 これ(たぶん原作の方だと思うけど)がきっかけとなり、ドイツの司法省がナチス時代の過去再検討委員会を設置したってくらい、本作が果たした役割というか衝撃は大きいんだけど、おそらく原作者のシーラッハじゃなくてもドイツ人は気付いてたんだと思う。ホロコースト以外でもナチスは残虐非道だったと。でももうそんな新たな(古い)厄介ごとは背負いたくないし、できれば気づかなかったことにしたいって。そんな引き取り手のなかったモヤモヤを明るみに引きずり出してきた物語の力強さこそ、この作品の真髄なのだ。

 ちなみに、犯人を演じるのはフランコ・ネロ。よく知った顔なのに、観てる間は誰だかわからず、誰だっけなあ?知ってるばずなのにーと悶々してた。エンドロールであっ!と気づいた情けなさたるや。恥ずかしい。いや、でも老いてなお魅力ある眼力に静かな興奮を覚えたのは事実。往年の西部劇ファンは彼を観るだけでも得できるよ!
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