幽斎

ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男の幽斎のレビュー・感想・評価

5.0
たった一人でグローバル企業に立ち向かう弁護士の不屈の闘いをMark Ruffalo渾身の熱演で描く、ソーシャル・スリラー。決して難しい作品では無く、G/W明けの寝惚けた頭が覚醒する事は保証する。私が映画を観て心が震える作品は滅多に無い。2021年間ベストムービー作品。京都のミニシアター、出町座で鑑賞。

「Du Pont」デュポン社は名前の通りパリ生まれのフランス系アメリカ人が設立したケミカル・コングロマリット。フランス革命を避けアメリカに移住。粗悪だったアメリカの火薬に「黒色火薬」提供して南北戦争の勝利に貢献。ダイナマイトを独占販売、現在でも原子爆弾の製造に関与する等、軍事産業との結び付きは深い。時価総額でメロン財閥、ロックフェラー財閥に次ぐアメリカ三大財閥と称される。

化学産業の狡猾さは顕著で、彼らの常套句は「政府の規制には適合してる」嘯くが、規制の網の外で事業を拡大。デュポンで有名なのはフロン類(CFCクロロフルオロカーボン)、冷蔵庫やエアコンの冷却ガスだが、オゾン層破壊と温室効果が問題に為る事を知りながら生産を続けた。今回登場するPFOA有機フッ素化合物、民生品で「テフロン」。デュポンは日本の財界にも深く関わり、帝人、旭化成、東レと提携。栃木県宇都宮市に研究所と工場も有る。貴方が着てるユニクロの素材のルーツもデュポンなのだ。

原案は2016年ニューヨークタイムズ・マガジンの記事「The Lawyer Who Became DuPonts Worst Nightmare」。書いたのは本作の主役Robert Bilott。企業の活動を守る側の弁護士がなぜ反旗を翻したのか?。Bilottは事件の深層を語るドキュメンタリー「The Devil We Know」出演。アメリカでDVDが発売されると品切れ続出のセンセーションを巻き起こした。記事を読んだRuffaloはBilottに直接交渉、自らの資金で制作。
「The Devil We Know」www.youtube.com/watch?v=NJFbsWX4MJM

デュポンの悪事を暴く作品を創る映画会社は居ない。ハリウッドのスポンサーは一に軍事、二に製薬、三に保険、四に化学。だがRuffaloは「あの人なら」と言う人物に託す。骨太な制作会社Participant。カナダの実業家Jeffrey Skollの財団が成立。ラインナップは「シリアナ」「コンテイジョン」「ブリッジ・オブ・スパイ」「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」レビュー済「エンテベ空港の7日間」「ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償」「スティルウォーター」パーティシパントがバックに着いた事で制作にGOサインが出た。

Ruffaloの声掛けに錚々たるキャストが集結。Anne Hathaway、Tim Robbins、Bill Pullman等、私的にはRuffaloの理解者Bruce Cromerの頼れる軍師役は良かった。Victor Garberは相変わらずリッチな嫌味役をやらせたら天下一品。当事者アール・テナントの弟ジム・テナント、カイガー夫妻、バッキー・ベイリー、ビロット夫妻は全て本人。映画賞で高く評価され数多くの賞にノミネートされたが、なぜか無冠に終わる。

Ruffaloとデュポンと言えば2014年「フォックスキャッチャー」。デュポンの御曹司John du Pontがレスリングの金メダリストを殺した事件。此の作品でRuffaloはアカデミー助演男優賞ノミネート。アメリカはデュポンの様な極悪人が居る一方、不正を告発し追及する自浄作用も有る。製薬会社で言えばレビュー済「クライシス」「MINAMATA ミナマタ」日本人なら多くの方は水俣病を思い浮かべただろう。

本作を観て「華氏119」(911じゃ無い方)を思い出した。自称ドキュメンタリー作家Michael Moore。日本では未だに立派なジャーナリストと信じる方も居るだろうが、ハリウッドのセクハラ大王Harvey Weinsteinと組んで、共和党批判を展開するが。彼が映画を制作すると必ず民主党が敗北。華氏119もMooreの地元フリントは水質汚染で「住民の皆さんは安心して飲んで下さい」と出された水を、Barack Obama大統領はコップの水を飲む振りをして飲まない事を映画で映して見せた、そりゃ落選するわ(笑)。

テフロンは戦車の撥水コーティングとして開発されたが、フッ化ウランの強い腐食性のガスは人体に夥しい影響を与える事は、素人の私でも分かるが、熱に強い特性を生かしフライパンと言う民生品で儲けようと考えるデュポンには、人の血が通ってるのかと劇場で震えが止まらなかった。但しフッ素=PFOAでは無い。Ruffaloの「フッ素のフライパンは捨てないと!」事実誤認、歯磨きも大丈夫(笑)。「正しく恐れる事が大事」なのです。

デュポンは訴えられてもアメリカ環境保護庁のナンバー2をデュポンに天下りさせ、規制する側の国の決定権を握った事が、「The Devil We Know」明かされた。PFOAもデュポンの系列会社が代替物GenXを生産、規制されぬまま市場に出回る。だが、Bilottの活動は国際機関を動かす、COP気候変動枠組条約締約国会議で、正式にPFOAが廃絶リストに載せられた。ソレでもデュポンは生産を止める気配はない。自然界や人体で死滅しない永遠の化学物質は別名「Forever Chemicals」と呼ばれる。

デュポンは本作が公開された後で声明を発表「This movie is not based on fact and makes DuPont the bad guy」反省する気持ちは微塵も無いらしい。それでも一進一退の攻防を繰り返す裁判でも臆する事無く、大企業と戦う姿は市井の人々の心を動かし、正義の為に戦い続ける。まだ、この事件は現在進行形である。水俣病も高度成長の影の部分「公害」だが、終わった感のある日本人の目を覚ます様にJohnny Deppが自ら「MINAMATA ミナマタ」を制作、私達の平和ボケした顔を引っ叩いてくれた。常に問題意識を持つ意義を教えてくれた本作には改めて感謝と労いの言葉を捧げたい。

2019年東京の多摩地区の調査で、国分寺市の井戸水から国の目標値の2倍以上、1ℓあたり101nano.gのPFASが検出された。PFASはPFOAの亜種で同じ有機フッ素化合物。市民団体が2022年秋から約600名のボランティアを募り、血中濃度を調査。中間報告に依れば国分寺市の94%、立川市で78%、血中PFAS濃度が全米アカデミーズで健康へのリスクが高い基準値を超えた。本作の影響も有りストックホルム条約、別名POPSs条約で規制が進んでるが、国家公務員の弟に聞くと、厚生労働省は「殆ど手付かず」の状態だと言う。多摩地区に何の軍事施設が有るか関東の方はご存じだろう。日本の水道水を子供に安心して飲ませられないとしたら、こんな不幸な事は無い。

PFOAを飲んだら?「お前はタイヤを食べると言ってる様なモノだ」実に恐ろしい。
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