【対騒音おばちゃんを描くブラックコメディかと思いきや、自分を正当化しようとする人間心理と相手の視点に立つ大切さに踏み込んだ社会派ヒューマンドラマ】
レビュアーさんの評価がだいぶ分かれている作品ですが、私、この映画大好きです。だいぶ前に話題になった騒音おばさんの話から着想を得ている作品であることは明らかで、予告編からももっとモンスターなおばさんとのコメディックなご近所バトルを想像していました。が、皆さんのレビューから、そんな表面的な作品ではないことを知り、今回視聴しました。いい意味で期待を裏切ってくれる作品で、中盤以降のシチュエーションには、実体験から色々と思うところがあり、ちょっと分かりやすすぎるというか短絡的な演出と思う部分はありつつも、自分でも驚くほど涙を流しました(ネタバレになるので直接は触れませんが)。
テーマとしては、“人を一方的な視点から判断しない”、“人それぞれの事情や立場があることを推察し理解する”という、私自身が人と接する時にいつも自分に言い聞かせている内容をまさに分かりやすい事例と画で改めて諭してくれたような作品でした。そこに、現代のSNS上での炎上商法といった社会問題を重ねた展開も、最後まで飽きさせない作りとして巧かったと思います。
実は、前職、現職ともに仕事の内容的にも人間関係の悩み相談を受けることが大変多く(弁護士ではないですよ)、それも本作のように対峙している双方から相談を受ける立場にいるため、それぞれの置かれている立場や主張をちゃんと理解して、できるだけ公平な姿勢で話せるように気をつけるようにしています。それらのほとんどの個人間の摩擦や争いごとで共通していることは、“100対0で一方が正しいことはまずない”、“お互いがお互いの視点で今よりいい状態にしたいと思っている”、そして“当事者間のコミュニケーションが不足している”ということです。
特に最後の“当事者間のコミュニケーションの不足”の結果、お互いがお互いの考えた立場をよく理解しないまま、自分たちの想像と解釈の中で、自分を正当化する情報ばかりに意識がいき、それが相手方に対するより強いバイアスを生む。そのバイアスを持った視点で相手方を見ることで、より自分を正当化し、相手の悪い所にさらに意識が集中する。こんな負のスパイラルが起きていることがほとんどです。
(本作でも象徴的だったのが、同じ場面をそれぞれの立場から見せる時に、それぞれから見る相手方の表情や言葉遣いが全然違っており、バイアスがかかった視点での巧い描き方だと思いました)
“当事者間のコミュニケーション”ですが、実はだいたいのケースではトラブルが起きる前に何回か行われています。しかし、本作で描かれるように、それは一方的な視点からの“表面的な接点”でしかなく、一度相手に対して嫌な感情や抵抗感を持つと、相手の事情や真意を知るような本当の意味での深いコミュニケーションがされることは無くなることがほとんどです。それは、やはり“相手の懐に入っていくことで自分が傷つくかもしれない怖さ”や“さらに事態が悪化し事が面倒なことになる怖さ”が優先され、向き合うより回避する選択をとるほうが容易かつ安全だから、という考えに至ることが多いからだと思います。本作からもそんな心理状況を読み取ることができ、その考えから表面的なコミュニケーションに終わった結果、後半の大きな展開が生じていくことになります。
と書くと、まるで“回避が良くない”と受け取れなくもありませんが、個人的に必ずしもそうは思っていません。より深いコミュニケーションの中で、結果としてお互いのわだかまりが無くなり関係改善ができればベストだと思いますが、時にはどうしても理解し合えない、または常識を超えたような問題がありますからね。世の中、そんなに甘くないよ、ということもある程度は理解しています。ただ、少なくとも私が仕事で関わってきた人間関係の摩擦は、結果としてコミュニケーションで解決できたことが多かったのも事実なので、本作の展開やテーマに当てはまる部分も多いな、と思いながら本作を観ていました。
と、総合的にはかなり好きな作品ですが、手放しには誉めず3点ほどちょっとしたケチを(笑)。篠原ゆき子さんをはじめ、登場する役者さん全体の演技に違和感を感じました。棒読み・・・ではないのかもしれませんが、なんとなく台詞回しが不自然に感じたのは私だけでしょうか?話のテーマや監督の意図するところの理解度を上げようとしているのか、どこか説明的というか説教臭い感じがありました。シンプルな話なので、意図は分かるし、もっとナチュラルになったような気もします。
そして、作品の締め方も好みが分かれそうで、個人的にはちょっと無難にまとめすぎかな?と思いました。監督の嗜好性もあるでしょうし、これで良かったと思う方も多いかもしれませんが。
最後に、これは多くの方に共感いただけると思いますが、一連の揉め事を動画ネタにして事をかき乱す従弟の若い兄ちゃんがかなり嫌なキャラでしたね。ソーシャルメディアネイティブ世代でプライバシー意識や危機管理意識の低い現在の若者を誇張したステレオタイプ的なキャラクターでしたが、これだけこのレビューで“人を一方的な視点から見ない。その人にはその人の事情がある”と書きながらも、ただただイライラさせられましたね。“若気の至り”もあるでしょうし、彼なりの信条もあるのかもしれませんが、やはりその人を真に理解することは難しいことだと、このキャラを通じて再認識させられる皮肉な気づきを得ました。
冒頭にも書いた通り、ちょっと分かりやすすぎるド直球な作品ではあるのと、イライラさせられる登場人物も多いかもしれませんので評価が分かれそうな作品ではありますが、個人的には日頃比較的関心のあるテーマだったので、思った以上に刺さる好きな作品でした。