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ミセス・ノイズィのlpのレビュー・感想・評価

ミセス・ノイズィ(2019年製作の映画)
5.0
東京国際映画祭にて鑑賞。

日本映画スプラッシュの5本目は『ミセス・ノイズィ』。
騒音を巡る隣人同士のトラブルが、大騒動へと発展する。このあらすじを聞いた瞬間に「観たい!」と思ってしまった今作。2013年の『FORMA』や昨年の『メランコリック』、少し変化球だけど渡辺紘文監督の『プールサイドマン』など、サスペンスフルなドラマが作品賞を取ることも多い日本映画スプラッシュ部門だけに、高い期待値を胸に鑑賞。
結論から書くと、高い期待値をさらに上回る年間ベスト級の大傑作だった!

子どもが産まれて以来、長期のスランプに陥っている母親(小説家)が主人公。彼女は家族と共にあるマンションへ引っ越してきたが、隣の部屋のおばさんが何故か早朝から布団を叩く人で・・・というのが話の導入部。
あらすじからお察しの通り、今作は15年ぐらい前に話題となった「騒音おばさん」の事件を題材としている。事件当時にマスコミがニュースの他に、バラエティ番組等で面白おかしく事件を取り上げたこともあり、かなり前の事件ではあるけれど、未だ記憶に残っている人も多いのではないでしょうか?

今作『ミセス・ノイズィ』はこの事件に巧みな脚色を加えて、極上の社会派ドラマに仕上げている。
今作の脚色の大きなポイントは、トラブルの顛末を描くことに主眼を置かず、その2面性(被害者・加害者の双方に視点や言い分が存在すること)に着目することで、普遍的な人間ドラマへと昇華させることに成功している。
ストーリーの内容も2組の家族の対比が巧く、そもそものヒューマンドラマとしての面白さは担保されている。主人公の性格を悪くすることで、安易に観客を主人公に共感させず、作品と適切な距離感を抱けるようにした工夫も良い。
その一方で、主人公と隣人のバトル描写は、スラップスティックの如く過剰気味に映し出され、エンターテイメントとしての魅力もある。

この時点で脚本の完成度は充分に高いのだけど、今作の凄さはそこに留まらない。主人公を「スランプに陥っている小説家」に設定した脚色も非常に巧く機能しているのだ。
この設定が入ることによって、実際の事件を過去にマスコミが面白おかしく取り上げた様子を、現代の炎上商法に絡めて映し出すことに成功している。これは見事だ。
しかも、この主人公の設定には、監督自身とも重なる部分があるとのこと。社会派のドラマでありながら、監督自身のパーソナルな部分がストーリーに反映されるというのは、なかなか他に例が見当たらない!

そして極め付きはクライマックス。内容はネタバレ回避で書けないけれど、隣人役を演じた大高洋子の圧倒的な演技もあり、あまりの凄さに思わず落涙。まさか今作で泣くとは思わなかった!

実際の事件をベースに、炎上商法などの現代的な要素を取り入れつつ、ドラマ・エンターテイメントとしての面白さも担保しながら、監督のパーソナルな部分も反映する。これだけ詰め込みながらも、上映時間は2時間を下回っていて過不足なし。ラストの落とし所には想定通り過ぎて驚きに欠く印象が残ったけれど、これだけストーリーの練り込みがキッチリ行われていれば、もはやそこは全く意に介さず。今作で発揮された天野千尋監督の手腕には脱帽だ。

キャストも隣人役の大高洋子には少し触れたけれど、主人公を演じた篠原ゆき子も素晴らしかった。
あと、個人的に凄いと思ったのが子役の新津ちせ。映画前半で2組の家族の繋ぎ役になり、かつ受けのポジションとして観客の主人公に対する印象を決定付ける重要な役処を見事に演じていた!今年の東京国際映画祭ではコンペの『喜劇 愛妻物語』でも主要キャストに名を連ねており、将来が楽しみな逸材だ。

驚異的な脚色の巧さと、キャストの演技力に支えられた年間ベスト級の大傑作!これは受賞も期待したい。オススメ!
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