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タイトル、拒絶のマチのレビュー・感想・評価

タイトル、拒絶(2019年製作の映画)
3.4
タイトルに「タイトル、拒絶」とつける自意識には最初から抵抗があったが、それ以上に不安だったのは予告にあった独白部分である。
「私の人生、クソみたいなもんだと思うんですよね」
「不特定多数のベーシックスタイル」
「私の人生にタイトルなんて必要なんでしょうか」
絵的にも別珍臭のしそうな舞台装置にある種の時代感を覚えたが「急に出てきてそんなこと言われても」な独白からは、どこか60年代や70年代前半の古いカルチャーから伝わる全共闘世代の匂いというか、理屈っぽくて、すぐに議論を混ぜ返しちゃう面倒くさい人を相手にしなければいけないような煩わしさを感じた。

「大きな期待だけはかけないように」と見始めたところ、予告だけかと思っていたあの独白が、何故か服を捨てて、町に出てきちゃった伊藤沙莉により寺山修司宜しく本当に始まり、いきなりに心が冷めてしまいそうになった、ていうか冷めた。

この話は自虐的に進むのか、コメディ路線なのか、「リアル自分探し」を含んだ風俗モノの紋切り型になるのか、セックスワーカーとして働くことに「善悪」をつけてしまうような話になるのか。いろいろと頭の中を巡らせてたおかげで、映画から離れていた時間が何分か出来てしまっていた。

ところが、恒松祐里演じるマヒルが出てくるたびに映画の印象は良くなった。

作品を観たいと思ったひとつに「恒松祐里が準主役だから」というのがある。
初めて観たのは三年前の「散歩する侵略者」あたりだと思う。彼女の演技は主張しすぎず、それでいて確かな存在感があり、いつも「しなやか」。出演時間は短くても印象に残っているものが多くある。

笑顔の裏側に、自身のネガティブな感情をひた隠しにしているマヒル。本音を閉じ込めすぎて、自分の心が誰のものかを見失っているように見える。また、肉体に対して希薄さを抱えていそう。明るい声色からは死の匂いも滲み出ている。

直接的な説明をほぼ必要とせずに、それらを表現する演技力には正直圧倒された。冒頭の出だしが逆バンジーのような離陸だっただけに、彼女が出現するたびに物語の足が地についてきて、フィクションラインが整い、作中の「リアル」が映画に浸透してくる…そんな感覚があった。

確かなキャスト陣のなかで、一番作品のリアリティラインを司っていたのは間違いなく彼女だ。制作者の創造を、表現者の感性が超えていったことで良質な映画となったのだ。
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