shalala

はるヲうるひとのshalalaのネタバレレビュー・内容・結末

はるヲうるひと(2020年製作の映画)
3.0

このレビューはネタバレを含みます

重い。
すっと見てガッと入ってくる映画ではなく、観客の心に投げられた石だ。小さい石だから邪魔にはならない、そんな、心の底に小さく静かに沈む石のような映画。

暗い、重い、クサい、ゲスい。頻繁に出る○○カスな映画だ。佐藤二朗さんの企み通り、見た人に感動ではなく嫌悪を持たせる。それでいい。強烈だから。

今後、何かのきっかけで何かのシーンが私の記憶の底から浮かび上がるだろう。
どういうタイミングで訪れてくるのか、想像もできない。もしかしたら死ぬまで浮かんでくることはないかもしれない。ただ、浮かんでくるときは私が苦しみの中にいる時だ。この映画よりマシな境遇と思うのか…。

真っ当から生まれたと、愛の中から生まれたと、信じてた正妻の子、哲雄。周りが真っ当ではないからこそ、自分の周りを自分自身が真っ当と信じるもので覆い“幸せだ自分は真っ当側だ”と自分に言い聞かせる哲雄。その実、ありのままの自身をさらけ出すのは、自身が最も蔑む置屋の女たちだ。哲雄が自慢した真っ当な暮らしには現実味がない。臭ってこない。
それに比べ置屋の強烈な臭いはどうだ。
置屋の女の中で、坂井真紀の演技が光る。

仲里依紗。瞳がイイ。置屋に住む人間の中でたった一人贔屓される女、いぶき。客をとれない女として描かれる。ウルおんな達は羨ましがるが、まぁこの映画の中のどこをとってもいぶきに対して羨ましい気持ちはおこらない。

幼い山田孝之が抱え込まされた「愛」の姿。佐藤二朗が母(妾)を罵倒する言葉を何も言い返さず、言いつけを守り、耐えて聞く純粋さ。染めた金髪の汚さがちょうどいい。
真っ当をよりどころとする兄哲雄が、真っ当だと信じた母(正妻)の「愛」の姿を得太(山田孝之)から知らされた後、ラストまで画面にもう映らない。理由は明かされない。

山田孝之と仲里依紗の、文字のような笑い「ははは」。まさしく何度も書きすぎて結局何かわからくなる文字「ははは」。
母(妾)の口ぐせ「笑え」との対比がいい。

真っ当な向井理の清涼が際立つ。
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