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罪と罰のnetfilmsのレビュー・感想・評価

罪と罰(1983年製作の映画)
4.1
 異様な臭いの立ち込める食肉加工場、血の匂いに導かれやって来た下等な虫を、男は表情一つ変えることなく、ナタを振り下ろし真っ二つにする。無表情な男の毎日のルーティン。牛肉を切り落としながら、血抜きしていく。彼の白いエプロンは牛の血に染まり、赤黒い色に変色している。最後に床に流れ出た真っ赤な血を排水溝に流して男の仕事は終わる。だが先ほど血抜きしたはずのぶら下げられた牛の死体から、いつまでも血が流れ続けている。その日の帰り道、食肉処理場で働くラヒカイネン(マルック・トイッカ)は、実業家のホンカネン(オッリ・トゥオミネン)という男を射殺する。家に帰るはずがいつの間にか彼の姿はホンカネンの家の前にあった。ラヒカイネンが銃口を向けると、被害者の男は一瞬ギョッとしたような表情を見せるが、次の瞬間、胸から血を流しながら床に倒れる。即死だった。ラヒカイネンは茫然とした様子で被害者の椅子に腰かけているが、そこに若い女が買い物袋を下げて入って来る。ケータリング店の店員の女エヴァ(アイノ・セッポ)はこの日、パーティのために被害者の部屋へとやって来て、犯人と偶然鉢合わせてしまった。だが女はなぜか悲鳴の一つも上げることなく、「逃げて」という言葉を残して、男を逃してしまう。

 男は何かに導かれるようにやって来て、衝動的に罪を犯す。女は死体の転がった殺人現場で茫然と立ち尽くしながらも、犯人の男を逃がす。そこにあるのは男と女の視線の交差である。ラヒカイネンの目を一瞬見た瞬間、彼女は青年が根っからの悪には思えず、咄嗟に逃がしてしまう。そんなことをすれば、自身も警察に嘘を付かねばならず、犯人に後で殺される面倒なことにもなり兼ねないのだが、女には彼が殺人を犯すようにはとても見えない。案の定、ラヒカイネンは翌日からエヴァの働く姿を不安げな眼差しで見つめる。そのギョッとするような目を見て、女はますます彼のことが真人間にしか思えず、彼のアリバイ作りに加担して行く。刑事側も真っ当な刑事のペンナネン(エスコ・ニッカリ)で、彼をことさら問い詰めることもなく、状況証拠を集めながらラヒカイネンの懺悔の自白を辛抱強くじっと待つばかりだ。容疑者と被害者は3年前の事件で奇妙なつながりがあることが明かされ、他にミスリードを引き起こすような容疑者たる人物もいない。映画は専ら、寡黙で無表情なラヒカイネンの心の動きにじわりじわりとフォーカスして行く。逃げるだけの人生から脱却しようとした男を救うのは女の目線に他ならない。ドストエフスキーの古典文学『罪と罰』を現代劇に大胆に翻案したアキ・カウリスマキの堂々たる処女作である。
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