弱く優しきものは虐げられ、俯いて生きていくしかないのだろうか。生への希望を奪われた人たちはどうすればいいのだろうか。
私に生死の尊厳を語るなど畏れ多いことで、何も分かっていないけれど、助けが必要なら叫べ、とか、立ち上がらないのは自分の弱さのせいだとか、そんなことだけはとても口には出来ない。もし、そういう人が身近にいたら、無力で愚かな自分は、黙って酒の杯を差し出すか、話しを聞くくらいしか出来ることはない。
決して晴れやかな結末ではないけれど、また淡々としているけれど、多くを語らないからこそ、心に残ることがある。
生きることを慈しむことが出来たから、突然降り出した俄雨の音も優しく聞こえるのかもしれない。