槙

ロストベイベーロストの槙のレビュー・感想・評価

ロストベイベーロスト(2020年製作の映画)
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テーマと予告編からバチバチ純文学な作品をイメージ(及び期待)して行ったけど、全然違った。でも、言葉にすると超安っぽい表現になるけど、嘘がなくて誠実な作品であるように思えた。

同棲しているりんこと陽平。関係性は進むでもなく壊れるでもなく続いている。そんな中でりんこがとつぜん赤ちゃんを「持ってきちゃ」う。と、設定が浮き彫りになったときに「モラトリアムだったふたりが赤ちゃんの世話をすることにより母性や父性が生まれて人として一歩踏み出す」みたいな展開を予想したのだけど、良い意味で裏切られた。
赤ちゃんと触れ合う中でも2人には母性や父性の芽生えはまったく感じられず、また特に陽平は社会に参加するようになる、というよりは生殖、誕生、年老いて死ぬ、という自然の摂理の中で生きていくことを決意する、みたいな感じに見えた。一方、「お母さんになりたかった」というりんこの方が最終的にはそういう摂理と和解できなかったのかな、という印象。「何になりたいかはよくわからんがいろんな人がいる村が作りたい」と言っていた陽平の方が最終的に子供を抱き続けることになった。こういう物語を性別やその役割のような視点とはちょっと違うところ撮っているのが今の若い監督の視点なのかな〜と思った。

鑑賞した多くの人が言及するように理解できないシーンがかなり多いのだけど、奇をてらうとかそういう“雰囲気”が撮りたい、というのではない何かが直感的にすごく感じられて安っぽい言葉を繰り返すのも恐縮なんだけど、監督の誠実さ(としか言いようがない)があったように思えた。カメラの俳優の捉え方がすごくよくて(村上由規乃さんの鎖骨!!)、撮影監督の手腕によるところも大きいかも。

実はこの作品は数年前に撮影が完了し、編集の途中でまだ20代の監督・拓殖勇人さんが急逝。撮影監督の米倉さんが編集を引き継ぎ監督の一周忌に合わせて完成させ、映画祭や自主上映会で流す中で配給がつき、劇場公開が実現する運びに。それにあたり再編集したバージョンが現状公開されているそうなのだが、そういった経緯や製作過程の監督とのやり取りなど上映後舞台挨拶で主演の2人と撮影監督が語ったのだが、亡き人の話をするのに内輪の思い出話といった感じではなく、3人とも観客に対し、何を語り何を語るべきでないかを慎重に選びながら話をしている印象があってそれもすごく良かった。

主演のふたりが作品の中で本当に魅力的でファンになりました。まだ若くて一緒に映画を作っていた仲間を喪うってどんな気持ちなのかまったく想像もつかないけど、生きているおふたりには良い作品をたくさん作って欲しいなぁ……。
槙