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John Denver Trending(原題)のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

John Denver Trending(原題)(2019年製作の映画)
4.0
BIFFレポート⑧[根拠なきSNSリンチに国家権力まで加担するエクストリームいじめ] 80点

Letterboxdという海外版レビュー投稿サイトがあって、今年のベストが集計されている。そのトップ10はポン・ジュノ、フィリオ、シアマ、バームバック、A24から『The Farewell』と『The Lighthouse』など海外の映画祭で非常に評価の高かった作品が並んでいる中、どこの映画祭にも出品されていない(釜山映画祭がワールドプレミア)フィリピンのインディーズ映画で監督デビュー作が並んでいるのだ。どうやら凄いらしい、それしか知らずに観た。恐ろしい映画だった。

フィリピンの中学校に通うジョン・デンバー少年は、放課後に学校の創立記念日に向けたダンスの練習をしていた。彼は同級生で小金持ちのボンボンからちょっかいを出されたことに怒り、独りで先に帰ろうとする。その際、教室に荷物を取りに行ったのだが、荷物のあったロッカー付近で充電していたボンボンのiPadがなくなっていたのだ。友人と校門を出る辺りで怒り狂ったボンボンに鞄を奪われたジョンは、屋上へ向かう彼の一団を追っていき、屋上で奪い返すためにボンボンを殴りつけた。この様子をボンボンの仲間が撮影していた。ジョンは友人たちとその場を後にするが、怒りの収まらないボンボンは動画をSNSにアップし、こう添える。"俺のiPad盗んだ上にボコられた、ドゥテルテに届くまで拡散してくれ"と。投稿は瞬く間に拡散された。

ここで面白いのは、Wi-Fiがないと田舎ではスマホが使えないため、片親である母の仕事を手伝いつつ、乗り合いタクシーで田舎にある家に帰ってくるまで、ジョンはボンボンの投稿を知らない。そして燃え広がった炎はフィリピン中を巻き込み、ジョンは国中から盛大なリンチを受けることになる。しかし、年齢が上がるほどスマホやSNSから隔絶されているため、田舎や老人の経営する店などでは全く差別を受けない。代わりに隣りに座っているJKからは"あいつジョン・デンバーじゃね?"と言われ、SNSで"ジョン・デンバーが隣におるww"と拡散される。身体的行為の欠如した現代の暴力体系とでも言うべきなのか。現実とネット世界が奇妙に乖離しているのが、そのまま映画の中で再現されている。

翌日、学校に呼び出されたジョンはボンボンの母親と対峙し、自身の母親も呼び寄せて水掛け論を展開する。お前が盗ったんだろ、やってない、お前が盗ったんだ、証拠はどこだ、お前が盗ったんだ、だからやってない。場所を変え、仲介者を変え、警察を交え、様々な形で罵り合いのような水掛け論を展開するが、両者証拠がないため全く話が進まない。相談された尊重らしき人も"学校って俺の管轄外だし…"と頭を掻きつつ、iPadの代金を半分肩代わりしてくれたのだが、問題の本質はそこではないので双方が微妙な感じになるのはちょっと面白い。

そして日常も変わらず過ぎていく。学校行く途中にはなぜか死体があり、隣の牧場や農場の手伝いをし、幼い妹や弟とともに焚き火の周りでチョコバーを齧る。しかし、SNS上ではリンチがエスカレートし、問題の発端だったiPad紛失事件など完全に忘れ去られ、ジョン・デンバーの悪魔コラ画像がトレンドを埋め尽くすようになる。そして、遂には過去のイタズラや父親が亡くなったことにすら話題が波及し、ジョンは全国民から人格攻撃をされる。14才の少年を相手に。

全く進まなくなった物語は遂に転機を迎える。手伝っていた牧場主の"ジョンはいいヤツだ"という趣旨の動画が捏造され、ジョンがiPadを売ったのを見たという動画に書き換えられたものが拡散されたのだ。勝ち目のなくなったジョンの前に警察が立ちはだかり、"ボクたちは君の味方だよ、ホントのこと教えてよ"と銃を片手に持ちながら迫ってくるのだ。根拠のないSNSリンチに警察が加担し、しかもそれぞれの投稿を精査しないで真実であると受け入れた上での捜査だ。この警察官の中に"警察のやっていることは全て正しい"という慢心と歪んだ正義感があってのことなんだろう。それはボンボンやその仲間、そしてSNS上でジョンをリンチした一般人も同じだった。思い込みだけで犯人と決めつけ、自身が正しいと信じて疑わない。フィリピンだけでなく、世界中の人々が実に下らないことに反応し、知りもしない人間を気が済むまでボコボコにし、新しいサンドバッグが手に入ったら何の感情もなくそちらに移る。そんな現代の病巣を覗き見た瞬間だった。

古典的な水掛け論、SNSで味方が多いから自分が正しいと疑わない慢心、そして田舎と都市部の対比をシームレスに繋いだ物語は、全てに絶望したジョンの背中を写す。彼は警察署からそっと抜け出し、母親を探して帰宅するが彼女はいなかった。最後の味方すらいなくなってしまったのだ(母親は味方である先生に呼ばれて学校に向かっていた)。奇しくも今日は創立記念日、あの日練習していたダンスを披露して喝采を浴びる同級生たちを脳裏に浮かべつつ、彼はロープを取り出した。最大最後の決断は何も解決せず、全てを終わらせてしまった。

・現地レポート
どう考えても『Portrait of a Lady on Fire』の後に観る映画は不利なのは分かっていた。それはヴェルナー・ヘルツォーク『Family Romance, LLC』を観ることにした友人も同じだった。初めてそして唯一の訪問となったロッテシネマのバカでかい『天気の子』のポップの前で、この微妙な感じを噛み締めていた。実際始まってみると、今回の4トップに続く良作ではあったのだが(つまりシアマの後じゃなかったら結構いいとこいってた?)、心配していた通り微妙な空気になってしまった感じは否めない。これも出会いってことで。
ジョン・デンバー少年は14歳なんだが、21時30分から始まったゲストトークに登壇していた。法律的には…大丈夫なん?
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