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Arab Blues(原題)のakrutmのレビュー・感想・評価

Arab Blues(原題)(2019年製作の映画)
4.0
パリから故郷のチュニジアに戻ってメンタルクリニックを開業した精神分析医の女性セルマが、欧州とアラブの文化・価値観の違いから来るトラブルに遭遇する姿をユーモラスに描いた、マネーレ・ラビディ監督の長編デビューとなるコメディドラマ映画。

心理カウンセリングなんて職業が知られていないチュニジアのような国で、心理カウンセラーが突然クリニックを開いたら人々はどんな反応を示すかをリアルに描くドキュメンタリーのようであると同時にコメディでもあるという、とても新鮮な感覚を引き起こす映画である。主人公の女性の身にドラマティックな出来事が起こるわけでもなく、ラブロマンスがあるわけでもないのに、心地よいレトロ調の音楽とともにじわりと滲み出てくるような味わいがある。

とにかくカウンセリングに訪れる人々の反応が面白いし、いろんな人が出てくる。アラブ系の映画では普通出てこないようなゲイとか知的障害者も出てくる。そもそもカウンセリングに行列ができるという風景が笑えるし、変なサービスと間違えて裸になる人まで出てくる始末。終始そんな感じで、カウンセリングを受けに来る人々の苦悩をシリアスに描くわけではないが、マネーレ・ラビディ監督はインタビューの中で(アラブの春のきっかけとなった)チュニジア革命後に将来への不安を抱えて精神的にも参っている人々も多いという現実も反映されていると述べている。

もう一つ描かれるテーマは、ありきたりではあるが、融通の効かない硬直した社会制度や勤勉でない官僚体質。警官から指摘されてクリニック開設のための許可証を申請するが、官僚は真面目に仕事をしているように見えず、なかなか許可が下りない。また、自分をデートに誘いながらも許可証がないと営業を認めないという警官にブチ切れる主人公に文化(価値観)の違いが端的に表れていて可笑しい。フランス人ならば絶対にそんなことはしない(融通を利かせてくれる)ということだろう。一方で、そんな状況で女性をデートに誘うべきではないというのが日本的価値観かもしれない。

そんな主人公をとても魅力的に演じているのが、ゴルシフテ・ファラハニ。個人的にかなり好きな女優であるが、彼女の良さを十分に発揮できている出演作が少ないと個人的に思うなかで、本作ではとても伸び伸びと演じているように見えて、その結果、彼女の魅力がいかんなく発揮されている。Filmarksに画像が表示されていないのが残念であるが、ポスターに写っている彼女の雰囲気がとてもよいのである、これが。その脇に飾られている(映画の冒頭にも出てくる)主人公の女性が師匠と崇める赤いフェズ(トルコ帽)をかぶったフロイトの写真もお茶目。
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