木蘭

戦争と女の顔の木蘭のレビュー・感想・評価

戦争と女の顔(2019年製作の映画)
4.8
 原題は『のっぽさん』。
 戦争で死ぬ事は悲劇だが、生きているのもずっと辛い・・・という物語。

 タイトルも含めてインスパイアされたアレクシエーヴィッチの著書と関連づけたり、シスターフッド的な話と評価、宣伝されたりしている様だけど、ミスリードだと思う。そんなに単純な物語には成っていない。

 プロットだけ書き出せば、過失によって養子を死なせてしまったヒロインを、復員してきた戦友である心身を病んだ実母が苛み、支配し、共依存しながら周りの人間も不幸にしていく・・・というサイコスリラーなのだが、それがそういう物語になっていないのが、置かれた現実の悲しい所だ。

 長回しと少ないセリフで生じる間の空気がギリギリと観る物の心を締め付け、人物に迫るように動く手持ちカメラや浅いピントが醸し出す映像のせいで、全編に緊張感と重圧が満ちている。
 少ないセリフの分、役者たちの表情が雄弁。特筆すべきは、幼い息子が可愛いんだ・・・凄いリアル。きっと、監督に同い年ぐらいの子供がいるのでは無いだろうか。だとしたら、なんて残酷な表現が出来る人なんだろう・・・。

 犬は食い尽くしたと戦傷兵が笑う様に、餓死者が出る苛烈な包囲戦のあったレニングラードにあって、大型犬を飼えるようなソ連の特権階級(ノーメンクラトゥーラ)の存在を描きながら、父親がつぶやく「悪気はないんだろ?」という台詞の通り、互いを一目見て生きる世界の違いを理解し合った母親と息子の彼女とが演じる古典的な茶番劇も切ない。

 徹底した考証で見事に1946年のレニングラードの生活風景を再現しているのだが、ソ連のシンボルやアイコンを映さない。過去が現代の並行世界という事を表現しているのだろう。
 スターリンの肖像画どころか、名前すら出て来ないのだが、それでもソ連に見えるんだよなぁ・・・『D.A.U.』と違って。


 ヒロイン2人は共に心も肉体も戦場で損傷しているのだが、より肉体的にボロボロのマーシャに対して、精神疾患をきたしているイーヤは、同性愛者という点でも追い詰められて生きるのが難しい状態に置かれている・・・そしてそこに何か救いも理解もあるわけでは無い。
 最後のアレをメロドラマと書いた雑誌の映画評があったが、何を見ているんだ?
 夫と子供を亡くしたマーシャも、マーシャに恋するサーシャもイーヤも、イーヤに恋い焦がれる老人も、誰一人として求める愛を与えてもらえないという物語。
 空っぽの心と体に救いは無い・・・それがあの時のソ連と、今のロシアなんだろう。
木蘭

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