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ディアスキン 鹿革の殺人鬼のukigumo09のレビュー・感想・評価

3.7
2019年のカンタン・デュピュー監督作品。彼は映画監督として有名になる前にミュージシャンロして成功している。1999年にハウスミュージックの『Flat Beat』を手掛け300万枚以上の大ヒットを飛ばしている。彼は音楽活動の際はミスター・オワゾーで、映画監督の際は本名のカンタン・デュピューで活動している。彼の音楽は単調な繰り返しを多用するのが特徴で、その単調さこそ彼の美学であるということは彼の「アートにおいては考えないことほど美しいものはない」という言葉によく表れている。
長編映画としては『Nonflm(2001)』という作品でデビューしている。このときすでに映画についての映画を撮っており、これは形を変えながら『リアリティ(2014)』や本作『ディアスキン 鹿革の殺人鬼』へと引き継がれることになる。またシュールさも彼の作品の特徴で、『ラバー(2010)』ではなぜかタイヤが意志を持ち念力で人々を殺しまくるナンセンスホラーとなっており、理由がないことへのオマージュ作品であった。

44歳のジョルジュ(ジャン・デュジャルダン)は田舎の村で老人(アルベール・デルピー)からフリンジ付きの鹿革100%ジャケットを7500ユーロで購入する。老人はセットとしてほぼ未使用のデジタルカメラも付けてくれる。鹿革ジャケットにうっとりしているジョルジュは山間のホテルにチェックインしようとするが、ジャケットで有り金を使い果たしていたので結婚指輪を担保としてひとまず宿をとる。彼は近くのバーへ行き、バーテンダーをしているドニーズ(アデル・エネル)という女性と話をする。彼はこの村へ来た理由を聞かれ、カメラを持っていたことから自分は映画製作者で撮影のために来ているという謎の嘘をつく。ドニーズは元より映画作りに興味があり、アマチュアながら動画の編集などもしていて、ジョルジュの映画に関心を寄せる。
ジョルジュはお気に入りの鹿革ジャケットにどんどん熱中していき、ホテルの部屋では鹿革ジャケットと話をするようになる。それも初めは下手な腹話術のようジョルジュが鹿革ジャケットの言葉も喋っていたのだが、どんどんのめり込むようになると鹿革ジャケット自体が喋るようになる。そして彼は鹿革ジャケットが「世界で唯一のジャケットになりたい」という声を聞き、それを実現させるために町でジャケットを着ている人に脱ぐよう要求し、拒否されると殺し、ジャケットを剥ぎ取り、その様子を自ら撮影するようになるのだった。編集が得意なドニーズに映像素材を渡し、編集してもらう。映像のリアリティに興奮するドニーズに満足し、ジョルジュはさらにジャケット狩りに励むようになる。ホテルの天井ファンの羽を取り外し磨いて、自家製の武器を作り上げると殺人のペースはどんどん上がっていく。

本作はチャック・ラッセル監督『マスク(1994)』やピーター・ストリックランド監督『ファブリック(2018)』など衣服が魂を持ち人間を支配しようとするホラー映画のサブジャンルに並べることができるだろう。そしてそれを登場人物が撮影するということで映画ファンが好きな「映画についての映画」にもなっている。あるいはこれほど不条理なことはないという意味でも、考えないことこそ美しいというカンタン・デュピューの美学そのものとも言えるだろう。
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