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すばらしき世界のazuのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
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!ネタバレあり!

まっすぐに生きすぎた男。世の中の全てを受け入れられるほど人間は強くはないのに、それでも自分の正義感に狂いはないと思ってしまう。

その人生のうち28年間を鉄格子の裏側で過ごした。犯罪を犯し刑務所に入り、出所しても5年以内にまた刑務所に戻ってしまうことが半分以上であるというから、まだ10代のころに初犯であったことを考えると妥当な年月かもしれない。

彼は、津乃田に罪の意識はないのかと聞かれると、「なかった、体は張るけど気楽だった」という。
一度刑務所に入れば、例え自分がそのことを口にせずとも、出所すれば世間から白い目を向けられる。だとしたら同じような人間が集まった場所に身を置いた方が気は楽だろう。

主人公の三上は、度々大声を上げて怒鳴った。自分は間違っていないのだ、自分が正しいのだと誇張するかのように。私は幼い頃から、学校の先生がわざわざ大きな声を出して怒るのがとてつもなく苦手で怖かった。彼の怒鳴りはそのときの感情を蘇らせ、それとともに大声をあげるのは苛立ちや怒りの感情を抑えられないからだと気づいた。

13年の刑務所生活を終え、身の拠り所のない彼は国の保護を受け生活する。見守りをする役所の人は彼に「大事なのは、人と繋がりを持ち、社会から孤立しないこと」だと言った。犯罪を犯した人がまた刑務所に戻ってしまう理由はここにあるだろう。反社会組織に属していた場合、そこから足を洗おうとしても他に身を置く場所がなく、孤独になってしまう。社会は犯罪者でも更生できるという。だが、それは本当だろうか。犯罪者と面と向かって向き合ったことがないから言えるのではないか。自分たちは、犯罪者という存在がいざ同じアパートに、職場に社会復帰のために現れたとき、そう思えるだろうか。犯罪者への目線は冷たく、酷で、憐れまれる。その目線を変えようとは言わない。犯罪者を肯定する必要は必ずしもないからだ。だが、犯罪者も同じ人間だ。綺麗事を言うつもりはないが、犯罪を犯した人が更生するには我慢と忍耐、そして周りの人間が必要であり、それがあって彼らは始めて更生の道を辿り始める。

スーパーの店長が、主人公から仕事が決まった知らせを受けたときのあの反応が忘れられない。
これだと思った。こうやって、信じてくれる人がいて、「普通」に接してくれて気にかけてくれる人がいる大切さはここにある。思わず涙が出たシーンだった。

映画の表現に関して。
この作品は『手』がよく写されていた。印象的だった。ミシンをする手、ペンを握る手、どの手も皺がよっていて、オードリーヘップバーンが皺は経験の証だと言っていたのを思い出した、彼の手に彼の生きた証が表されているように見えた。

娑婆の空は広いち言いますよ。
古い友人の妻の言葉で改心した三上は度々空を見上げるようになる。下向きで未来への希望が薄かった彼が前向きになり仕事を見つけ、人と繋がって見上げる空は広く、青かった。

過去の過ちを抱えて人が社会で生きていくには施しが必要だ。『すばらしき世界』の意味はそこにあるのではないだろうか。時には自分が人に施し、時には施される側にもなる、その言わば恩送りがこのすばらしき世界を作っているのかもしれないのだ。
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