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すばらしき世界のnoteのネタバレレビュー・内容・結末

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

殺人を犯し13年の刑期を終えた元ヤクザの三上は、目まぐるしく変化する社会からすっかり取り残され、身元引受人の弁護士・庄司らの助けを借りながら自立を目指していた。そんなある日、生き別れた母を探す三上に、若手テレビディレクターの津乃田とやり手のプロデューサーの吉澤が近づいてくるが…。

直木賞作家・佐木隆三が実在の人物をモデルにつづった小説「身分帳」を原案に、舞台を現代に置き換え、人生の大半を裏社会と刑務所で過ごした男の再出発の日々を描く人間ドラマの秀作。

主人公の三上は人生の大半を刑務所で過ごしてきた元殺人犯で、再出発を図ろうとするが、世間の目は冷たく、様々な場面で三上は疎外感を味わう。
前半はややコメディ寄りで楽しく見れる。

元ヤクザの三上は昔のようにカタギの世界でも簡単に成り上がれると思っている。
しかし、前科者にそう簡単には仕事は見つからず、運転免許の失効しており、生活保護の世話になる。
終いにはスーパーで万引き犯に間違われる始末だ。
市役所で、警察署で、スーパーで、世の冷たさや理不尽に大声を上げ、人の情けを訴えようとするが上手くいかない。
だが、周りがその圧(熱さ)に負け、何とかしてあげようと掌を返す姿が人情喜劇のようで笑えてしまう。

夜中に騒ぐなとアパート住民に苦情を言いに行くと、ビビったチンピラに「ヤクザがいますよ、助けて下さい」と蔑まれる。
正義感がめっぽう強く、一本気で直情型。
決して悪い人間ではない。
まさに昔の任侠映画のキャラクターそのまんまな三上が、浦島太郎状態に戸惑いながらも何とか社会に適応しようともがく姿が可笑しい。

だが中盤からは様子が変わってゆく。
チンピラに絡まれたサラリーマンを助けようとした三上はチンピラに喧嘩を売る。
人助けではあるのだが、ひとたび激高すると手の付けられない凶暴さを見せる三上。
そして暴力で相手をねじ伏せることに、かつてのヤクザの頃のような喜びを見せるのだ。
現実世界では決して暴力は許されない。
三上の怪物的な本性を役所広司は見事に演じている。

味を占めたかのように、三上は自分の正義を振り翳してゆく。
しかし、それが世間に通じるはずもなく、周りの人々も三上から距離を置く。

追い詰められた三上は、かつての兄弟分を頼る。
美味い飯にイイ女、統制の取れた子分。
そこは生命を賭けた分だけ認められる世界で明確な秩序がある。
対して堅苦しいコンプライアンスに差別と偏見だらけのシャバ。
果たして、どちらが「すばらしき世界」なのか?と見る者に問いかける。
三上のように出る杭はシャバでは打たれるしか無いのだろうか?

終盤は胸が痛むことの連続だ。
警察と揉める兄弟分の家を後にした三上は、やがて市役所の井口の紹介で、老人介護施設で働くことになる。
三上は支えてくれた人たちに今度こそカタギになると誓い、真面目に働き始める。

三上はこの施設で働く介護士の阿部と親しくなりましたが、知的障がいを持つ阿部は他の介護士から陰湿なイジメを受けていた。
イジメを止めようとする三上の脳裏に、傷害罪で逮捕されてクビになる映像が浮かぶ。
三上はイジメを止められぬ罪悪感に胸を押さえてうずくまる。
その後、介護士たちが阿部を笑いものにする様を目の当たりにした三上は、目の前にあったハサミを手に取りかけるが、辛うじて思い留まる。

帰り際、三上は阿部から嵐の前に摘み取ったコスモスの花をもらう。
自分の正義を押し殺し、自分と同じ爪弾き者の阿部を笑い者にした輩と同調した自分を恥じる三上の複雑な表情には胸を抉られる思いだ。

泣きながら帰路につくが、その嵐の夜、三上は持病の高血圧から心臓発作を起こし、帰らぬ人となる…。

長い刑務所生活を終えた元ヤクザの三上を通して、今の時代の生きづらさと微かに残る人の優しさを描いている。

三上は、困っている人を放っておけず、つい暴力を行使してしまう男。
しかし、それは彼の「優しさ」から起こっていることが感じられるため、人間の温かみを感じられる。

自分を押し殺して生きなくてはならない辛さ、個性を受け入れない世界の冷たさ。
世知辛い世の中を批判する作品。
「すばらしき世界」とは、他人を許容できる優しさのある世界ではないだろうか?
疎外されてきた三上の人生を通して、それを作るのは貴方たちだと言われているような気がしてならない。
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