えむ

すばらしき世界のえむのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.2
本当に残酷なのは誰なんだろう。
人間の優しさと惨さがつまった作品。

役所広司演じる三上は、幼い頃母に捨てられ、社会からはみ出して生きてきた。
中年を過ぎても、三上の中にはあの時見捨てられた子どもがいて、幼い愚直さは、大人の身体を通して暴力になってしまう。

仔細は語られないが、刑務所に入った殺人についても、妻を守ろうとしてのことだったようだし、その後も三上が暴力を振るうのは弱いものや身内を守りたいと感じる時なようである。
あまりに皮肉だが、社会的には犯罪でしかない三上の暴力は、しかし彼にとってはヒーローがふるう正義の手段なのかもしれないと感じた。

三上の身元引受人となる弁護士は如何にも"社会的"な人間で、本人の言うとおり、馬鹿正直ではない小狡さを感じる。
本心とは違うことでも折り合いをつけ、耳を塞いで目を閉じ受け流す。
三上には難しかったこの処世術を必死に模倣する様は、本当に辛かった。

暴力はいけない。目の前で正しいものが虐められていても、加害するものたちを打ちのめす力を持っていても、暴力はいけない。
あたりまえの倫理規範が、責め立てられる気持ちだった。

それでもこの世界には、三上を信じ支えようとする人たちが確かにいて、六角精児、泣いちゃうくらいよかった。今日の三上さんは虫の居所が悪かったんだね、というのすごくよかった。なんていい大人なんだろう。

初めは頼りなかった元テレビマンの物書き、仲野太賀さんもまた素晴らしかった。

どうか、三上にこの世界はまだ信じ得るに足りるんだよって思って終わってくれと願ったから、最後の仲野さんの演技には涙を禁じ得ませんでした。

これぞわたしのすきな邦画だ、と思いました。
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