とむ

ミッドナイトスワンのとむのネタバレレビュー・内容・結末

ミッドナイトスワン(2020年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

劇場公開当時から絶対間違いない作品だというのは確信しつつ、どうしても観る勇気が決まらず先延ばしにしていた映画。
だって予告編を観ただけで、今作の秘める「容赦なさ」みたいなものを予感できてしまったから。

公開も終わり3年経ったとある日、TOHOシネマズ日比谷で再上映されているのを知り、
この機会を逃すといよいよ見る機会なくしそうだな…と後先考えずチケットを予約。

結果、やっぱり当時の自分の判断は間違っていなくて、ヒリヒリと痛む神経剥き出しの心のやらかい場所に紙やすりを擦り付けるみたいな地獄のような、映画体験としては極上の2時間を味わうことになりました。


映画全体に漂う現実としての容赦なさと、
描き手による庇護を感じさせる哀愁が、画面越しにこちらを捉えて離さない。

「LGBT」に対する周囲の理解や目線も自然で、それ故に頭を抱えるほどの居心地の悪さに苛まれる。

「なんで私たちだけがこんな目に」という言葉が、痛烈に鼓膜に突き刺さる。
男の体に生まれたというだけの女性と見れば、その過酷さは想像を絶するものがある。
「私はこんな名前じゃない、こんな人知らない」と伝えた際の「あ〜ハイハイ(めんどくさ…)」という、後ろに透けて見える感情に心底絶望する。

特に凪沙が実家に帰ってからの母親のリアクションが本ッッッ当にキツかった。
邦画で画面から目を背けたくなるほど辛い描写って、ガチ星で母親を施設に入れるまでの回想シーン以来かも。


画面から目を背けるって意味では、やっぱ一果が中学卒業してから会いに来るシーンもヤバかったなぁ…

自分にとっての「正常」を追い求めただけなのに、世間からは「異常だ」「化け物だ」と後ろ指を刺され、あまつさえ自然の摂理からも見放される。
あまりにも救いがなく、あまりにも絶望的現実にもはや涙すらも出ない。


あとは何より、予告編でわかってたことだけど草彅くんの芝居がとにかくすごい。
トランスジェンダーとしての出立はもちろんのこと、後半に待ち受ける容赦ない展開を演じる説得力。
曲がりなりにも元・ジャニーズである彼が、文字通り体当たりで役を演じきっていることに言葉を失いました。
「言葉を失う」っていうのは、こういうとき使うんだろうな。


とにかく全編通して「こうだから泣ける」「こうだから感動する」とか、そんなセオリーみたいなチャチな泣かせを入れてこない。
それどころか「なんでここまで…」と目を覆いたくなるほどの現実をこちらに突きつけてくる容赦のなさは久々に映画を見ていて感情をかき乱されました。


衝撃的なシーンって意味では、同級生に椅子ぶん投げるシーンとか、結婚式に招かれた友人が…シーン(ここの無音の使い方えぐかった)とか、ラストのバレエ披露シーンとか色々あるけど、単純に「すげぇシーンだな!」で終わるんでなく、そういう繊細な演出の積み重ねで紡ぎ出された傑作だと思いました。

水川あさみも、単純に毒親として描くのではなく、娘の卒業式でああなってることに実在感を感じました。
ママ友間でのやり取りも「私やっぱこういうの苦手やわ〜」と苦笑い的に発しているところにリアルを感じました。

あと、ここに至るまでの母娘との交流をバッサリ切っているのも中々衝撃的でしたね。
ここまでの省略って邦画だと中々見ないんじゃないでしょうか?

そういった技術的な面も含めて、末恐ろしくなる凄まじい作品だったと思いました。
容赦ないし、救いもないかもしれないけど、
悲しみを背負い、凪沙と同じコートを見に颯爽と前に進む彼女が、この映画唯一の希望なんだと思いました。

海に行って解決する映画は数あれど、
海に行って引き摺る映画は今作くらいじゃないだろうか。

たぶん、しばらく引き摺ると思います。
とむ

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