ネノメタル

由宇子の天秤のネノメタルのレビュー・感想・評価

由宇子の天秤(2020年製作の映画)
4.0

【真実の正体を暴こうとする正義の心
とその真実に対峙するための贖罪への意思とが真っ向から対立する】

そんな二つの相反する概念を天秤にかけ、
その二つの狭間で揺れ、苦悩するドキュメンタリー・ディレクター木下由宇子の心臓の鼓動の髄まで伝わってくるような穏やかながらも緊張感あふれる152分。

そして本作は、あのアカデミー賞受賞作品『万引き家族』の公開当時を思い出したりもする。
当時、公開日を狙い定めたかのように、あの作品の登場人物と同年代ぐらいの女児の虐待事件が起こった。

そして本作も然り。

ここ最近世の中を賑わしている残虐極まりない旭川中学生のいじめ凍死問題の中での“加害者”に関してどこまで、そしてどのような形で真実を報道すべきかの是非が問われているこの時期をあたかもピンポイントで予見したかのように、本作の中でも、3年前に起きた女子高生いじめ自殺事件の真実を追求しているドキュメンタリーTVクルーたちの姿があるではないか。

この偶然にしては出来過ぎのサブジェクトには驚きを隠せない。

でも「傑作」とは時として世の中の空気にある次元において呼応し、その空気感を丸ごとキャッチするものなのだろうと考えれば自然な事なのかもしれない。

だからと言って過激なシーンもセンセーショナルな台詞があるわけでもない、にも関わらず本作は静かながらも片時たりとも緊張の糸が途切れる事が無いのが本作を他に現存する社会派と分類される他の作品群とは一線を画しているように思えるのだ。
いや、そのような緊張の系が解れるようなホッとするシーンがない訳でもない。それは例えば由宇子が体調の悪い小畑萌の為にお粥を作って一緒に食べるシーンぐらいだろうか、とは言えこのシーンの裏にに潜むコンテクストたるや物凄い事になっているのだけれど...。

...という訳で観ていくうち穏やかながらも何度も何度も手に汗握るシーンに出くわすのだけれど、登場人物の心情を煽るセンセーショナルな音楽のみならず、こういう映画にありがちなバイオリンでアレンジされた不穏な劇伴すらも一切封鎖されているし、わかりやすい伏線回収も取ってつけたようなオチも、御涙頂戴の感動の涙も笑いも悉く用意されていないのだ。
はっきりいうと製作者サイドに一ミリたりとも安易なエンタメに落とし込めない意思がひしひしと感じられるのだ、いやむしろそんな要素など無駄であるかのようにひっそりとしたトーンで塗り固められた152分。大袈裟でなくいうが鑑賞者のふと漏れるため息こそがBGMなのである。

それだけ出演者である、瀧内公美、河合優実、梅田誠弘、光石研....らの演技力の巧さや凄みってのも大きく貢献している。

だからこそ、鑑賞後1日立った今でも由宇子らの、そして他の登場人物たちの心臓の鼓動のフィードバック音が鳴り止まないのだ。
ここで予言しておくが多分、本作アカデミー賞の何らかの部門で賞を取るだろうな、と思う。
とはいえ音楽が鳴らない作品なので音楽賞以外の部門で。


【付記】
余談だけど河合優美さんは『サマーフィルムにのって』にて全くキャラクターの違うビート板役を好演されてるのだが、本作の主演・瀧内公美さんは、ポスターやインタビューとかだとそうでもないけどスクリーンだとなんとなく祷キララさんに似てるように見えるのだ。
だから瀧内さんと河合優美さんのツーショットは『サマーフィルムにのって』が超シリアスになったらこんな感じ?タイトル付ければ『ダークサイド・オブ・サマーフィルムにのって』とかふらっと妄想したんだけど、それは多分私だけです w
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