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エルヴィスのAirconのレビュー・感想・評価

エルヴィス(2022年製作の映画)
3.7
映像や演出は工夫が多くて派手で観ていて楽しかったけど、、話としてはひたすら可哀想すぎてちょっと救いが無さすぎるのと、オースティン・バトラーがあまりに似ていないのと、その2点にも関わる、エルヴィスのチャーミングなところや楽しそうな部分があまりに描かれていない、、、といった印象。



偶然、『エルヴィスオンステージ』がすごく良くて3周くらい観ていたので、まさかあのインターナショナルホテルでのディナーショーみたいな公演がここまで重要だったとは思ってもいなかった。
(まあ、『エルヴィスオンステージ』がよかったから『エルヴィス』を観てみようとなったのだけど)
というか『エルヴィスオンステージ』からまんまあの辺は再現してるんだろうな。
外の看板貼ってるシーンとかも同じだし。

1曲目のthats all right mamaとか、入り方まで再現してるけどニュアンスはだいぶ違う感じ。
本物はなんかニヒルなんだよな。
それでいてもっと愛情深い感じで、チャーミング。
ただあの曲が「子供の時にトタンの隙間から聴いた曲だった!」とか、そういう情報が伝記映画のいいところ。
あの神公演の裏であんな契約が勝手にされていたなんて!

『エルヴィスオンステージ』では、リハーサルからひたすらにチャーミングでやんちゃで、子供みたいにふざけまくってる雰囲気で、もちろんカメラは意識していただろうけどあまりにボケの量が多いので、素でこういう人なんだろうなと思った。
シャイで常にとぼけてる感じなんだよな。

顔とか体格の感じも、映画では薄めの顔で体の作りも細い感じだったけど、本物はもっとごつくて、顔もごつくて毛深くて皮膚も分厚い感じ。
パーツ的にも、目が垂れ目で、あまり大きく開かない、若干斜視っぽく見えて、堀が深い感じ、口は小さくて厚い感じで、あまりにオースティン・バトラーとは違う。

「LOVE ME TENDER」とか権利的に使えなかったのかな?
あそこはテーマでもある、「何がエルヴィスを殺したのか、薬か、大佐か」、そこで大佐が提唱する「愛が殺した」という説の重要な描写として、「LOVE ME TENDER」を流しながらしっかりと描いた方がその説の説得力につながった。
実際、そのステージで受ける愛の中毒になって、ショーの合間に薬もやめられなくなり、さらには無理してでもステージに出続けようとする、「頑張ろうとするエルヴィス」というのは『エルヴィスオンステージ』からも伝わってたので、大佐の言うことも一理あるとは思う。

むしろ自分も「愛」だと思うんだよなー。
あそこまでエルヴィスに無理させたのは。
とにかくそれは『エルヴィスオンステージ』を観ればわかる。
ファンのインタビューで「結婚したいとかじゃなくて、家族や兄弟に対する愛情」と言っていて、それはだいぶ特殊だなと思いながらもわかる気もした。
エルヴィスの魅力は、コーラスのお姉さんたちがエルヴィスを横目で見て微笑みながらコーラスをしていることからも伝わってくる、そういうタイプのもの。
エルヴィスも無限に答えたい。
そういう全員にとって幸せな空間なんだと思う、あの死ぬまで無理して続けたディナーショーは。



後半の方は、そういった印象で、もう少しうまいこと「愛ゆえに死」という一見アンビバレントに見えて、よくよく考えると当たり前に存在する自己犠牲的な相互の関係を「家族ではなくファンと築けた」という流れにできた気もするが、、、
全体的にエルヴィスのキャリアは、最初の数年以外、ひたすら逆境要素が強くあって、なかなかツラい。

前半は、黒人の由来のサゲから、卑猥な動きだからと新聞でボイコットがはじまり、テレビでは全年齢バージョンみたいな表現規制に苦しみ、吹っ切れて野球場みたいなところでトラブルをやったら警察に捕まり、兵役か刑務所か、、、時代的なものだけどかなり衝撃的。

ビートルズが出てきたときに、あのマッシュルームくらいの髪型で「ロン毛」と言われてるのを観たときにも衝撃だったけど、50年代=終戦直後くらいってまだまだ国全体が軍隊の様な厳しい規範でガチガチで、少しの逸脱も民衆みんなで激しく取り締まる相互監視社会だったんだろうな。
軍隊や戦時中のノリが抜け切れてない感じ。
戦時中の緊急事態のノリで、逸脱する非国民に厳しくすることが良いことだとみんな思ってる。

「ゆるくする方向」ってリスクを感じるから当然自分事じゃないとみんな反対するんだよな。
別にいいじゃんってならない。
自分はちゃんとやってるのに人が楽になっていくし、自分のリスクは上がるし、当然反対するのが合理的行動に見える。

(それを乗り越えるものは何か、自分的には直観でそもそも「厳しくするベクトル」自体にリスクに感じていて、それは経験的にわかっていることで、厳しくするとどうせ自分が吊るし上げられる可能性が少し上がるだけだと思うから、「厳しくしない方が良いと思う」ポジショントークみたいなところはある。
結局、規範って「名目のトリガー=悪いことしているかどうか」以外に、「コイツを吊るし上げてもリスクがないか」がもう一つ大きなトリガーとして人々の判断の中にあって、リスクがあるなら「空気読んで吊るし上げないこと」を人は選ぶ。
そうすると規範を作れば作るほど世界が平和になるわけじゃなく、問題でなかったものが問題になり、吊るし上げても問題の無さそうなヤツが吊るし上げられて、大衆がなんとなくこれでよかったんだと、効果があるんだと思って、本当に悪いヤツには当然適用せずにみんなで空気読んで黙っているので(みんなで行く空気なら行く)、世界は何も変わらないし自分にとっては悪いことしかない。共産主義や全体主義への危機感もそこにある。多くの人が求めればそうさせるだけの力をもってしまう。
つまり自分にとっては合理的で、迫るラインへの警戒感みたいなもの。
 あと乗り越えるものは、もちろん一般的に合理的ではないが、危ないけどなんか面白そうとか、好奇心とか、そういうことになる。そういう「愚行」自体が「愚行」を支えるというトートロジーみたいになってしまうが、「愚行を楽しめるポジションの人の割合」みたいなもので決まる。
 結局ポジションでしかない、みんながあらゆるリスクを計算しようとすればすべてはリスクになる。だとすると、戦後の流れから学ぶと、やっぱり人々が「きちんとしていること」よりも「愚行」を求めたんだと思う。「リスクを計算しない」
そういうポジションの人が増えるということが必要。リスクを取ることを個人主義的に別によくね?と言い出し、社会の迷惑になるからと言って全体主義的に規制するということを諦める、そういう変化。まあ若い人の人口が多くないと無理な感じはするが。)



映画のキーワードになっている、「迷子」というのも、母が死んでからのプレスリーの迷走と、暗殺がしょっちゅう起きるアメリカをかけて描写されているが、その迷子をコントロールしてきた大佐というものが、「何か理由があるはずだ」と言われていたのが「かなり個人的な理由」だったりで、本気の自己中で、なかなか胸糞で救いの無い話になっているけど、、じゃあ「出口」は何だったのかと言うと、そこも「ファンとの愛」で、そこに自分の存在価値を見出したからこそ、そこにつぎ込んだという流れを強調してもう少しハッピーにしても良かった気がする。

今のままだと、あまりに悪い大佐に良いようにやられた感しか残らない。
実際にそうだったのかもしれないが、もう少しエルヴィス自身のレゾンデートル的な、彼の話に持って行った方が良いと思った。
少しでもエルヴィスの意思があったことを強調しないと、エルヴィスがあまりにしょうもなさすぎる。

その割に、パーカー大佐がそこまでの上手で、エルヴィスをここまでコントロールできるだけの「スーパー詐欺師だった」という描写もない。
エルヴィスが主体でもなく、かといってパーカー大佐の話にもしないなら、「なんとなく田舎者のエルヴィスがなんとなくマネージャーにコントロールされていた」、という話にしかならない。
もちろん物語の主体としては「悪人パーカー」なんだけど。
その割にパーカー大佐の悪者描写も確定的な描写は弱めで、ぬるっと最後に出すくらい。
ずっとコイツの個人行動な描写はあったが、エルヴィス達はひたすら気付かないか、気付いても言いなり。。。

キャスティングにも表れているのかもしれないが、「悪人パーカー」なんだよな、だけども「あくまでエルヴィスの伝記映画で」、という形。
エルヴィスという媒介を通してパーカーを語ってる。
だけどパーカーの話にはしたくないから、直でパーカーの話はしない。
だからパーカーにだまされるエルヴィスばかりになる。
その譲り合いのせいで、芯が無い感じになってる気がした。

あともう一つ、序盤のキーワードみたいになってる「売れる秘訣」は良かった。
音楽は門外漢のパーカー大佐が、サーカスのプロモーター経験から掴んだ「人は楽しんでいいのか後ろめたいものほどハマる」。
「逸脱」には喜びがあると言う。
これは上の規範ガチガチを乗り越えるヒントになる。

あと母は序盤、熱狂的な女子人気にさらされるエルヴィスに対して1人だけ懸念を示していたんだけど、それは母が最初から「エルヴィスはそういうものに弱い人間」だと、人からの好意がものすごくうれしくて自分も答えたくなってしまう人間だとわかっていたんだと思う。(そういうところも最後の「死ぬまでディナーショー」のところで回収してもよかったんじゃないかな。)
褒められると調子に乗ってサービスしすぎちゃうタイプ、みたいな。
それは確かにそんな感じがする。





という感じで、全体的に救いが無さすぎるので、もう少し「主題」としての何かを強調した方が良いということと、そこにエルヴィスの魅力やファンとの関係みたいな、「エルヴィスの話(エルヴィスが主体の話)」をもっと取り上げたほうが良かったと思った。
個人的にはハッピーな感じがもう少しあった方がエルヴィスの印象と合う。
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