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ミッドナイト・ファミリーのmegurosのネタバレレビュー・内容・結末

ミッドナイト・ファミリー(2019年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

メキシコシティでは人口900万人に対して47台しか公営の救急車が配備されておらず、救急医療が無許可の私営救急隊によって支えられている。カメラが密着するオチョア家は家業として闇営業の救急隊を営んでおり、年間数百人もの患者を搬送している。

無免許救急隊の生活は”過酷”の一言。搬送した患者がその費用をおとなしく払ってくれるわけもなく、毎日取り立てのような説得を繰り返す。払われなくとも暴力を使って脅すようなことはない。ただ家族は毎日を凌ぎたいだけだ。子供は学校に通っておらず、家族は満足に食事も取れていない。支払いを踏み倒されても、医療器具・燃料費等の経費は家計に重くのしかかるし、賄賂を握らせなければ警察にも捕まってしまう。日銭を掴むため、救急無線を盗聴して一番乗りで血まみれの現場に毎夜駆けつけなければならない。公道をレースゲームのように競争するその姿はパパラッチを描いた「ナイトクローラー」を彷彿とさせる。

※1回の救急搬送が3800ペソ=28000円程度。メキシコだと月の家賃相場がそれくらいのようだ。白タクのように、私設救急隊は高いという認識はメキシコシティにある様子。

救急医療となると、日々そこには命が関わってくる。家族はどうやら闇営業を受け入れるなじみの病院に患者を搬送・誘導しているようで、そこには大きな倫理的問題がある。実際に終盤、それが原因で命も失われてしまうわけだが、果たして彼らを悪人だと断罪できるのだろうか。シンナーでラリった父親が抱えていた意識不明の赤ん坊は彼らによって一命を取り留めたし、彼らのような私設救急隊がなければメキシコの救急医療は立ち行かない。

息子を失った母からしてみればオチョア家は命をビジネスにする憎むべき対象だが、機能不全に陥った社会システムにおける必要悪とも言えるオチョア家は、同時にそのシステムの被害者にも思える。この映画には社会保障や救急医療、エッセンシャルワークが軽視されることで生まれるディストピアが描き出されており、コロナ対策が政治的な道具となって医学や命が軽視される場面を目撃してきた我々にこそ、何か突き刺さる問いを投げかけている。
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