幽斎

市民Kの幽斎のレビュー・感想・評価

市民K(2019年製作の映画)
4.4
私は学生時代からロシア文学を嗜み、映画ではポリティカル・スリラーの視点で東西冷戦からアメリカとロシアの対峙の歴史を具に見て来た。ある意味親ロシア派である私は、現在の状況には忸怩たる思いも有る。以降、戦争や殺人は一切容認しない前提で書き進めたい。AmazonPrimeVideoで鑑賞。

ウクライナ危機の発端はアメリカとロシアの融和に有る。NATOはワルシャワ条約機構に対抗する為に作られたが、形成したソ連とポーランド、東ドイツ、チェコスロバキアの社会主義諸国は、ソ連がロシア連邦に変わり、仮想敵国の消失で各国が独立する事が出来た。その中にはウクライナも居た。地政学的に西側と近いウクライナは融和派を支持したが、チェコ、ハンガリー、エストニア、スロバキア。ブルガリア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、アルバニア、クロアチア、モンテネグロ、北マケドニアの同盟国は次々とNATOに寝返った。アメリカとイギリスの離間工作の成果だが、更にグルジアが国名を西側向けのジョージアに変更。それにウクライナも呼応する。

ウクライナ騒乱に端を発するドンバス戦争でロシアはクリミアを併合した。この時は西側諸国は何の関心も示さず、ドネツク人民共和国の侵攻にも多くの市民が被害に遭っても誰も助けようともしなかった。現在のワイドショーの伝え方を見ると違和感しかないが、ロシアはウクライナ国境に居る3万の軍隊を13万人に増強、ゼレンスキー大統領に対して、NATO加盟の取り下げと軍事的中立を守る様、求めた。しかし、クリミア併合後にミンスク合意を破棄、ウクライナ軍は親露派の紛争地域でドローン攻撃を仕掛けた。ゼレンスキーはロシアと戦ってもNATOが庇護してくれると一方的に思い込んでた。これがウクライナ侵攻の始まり。真っ先にアメリカが軍事行動しないと宣言したのは当然。ゼレンスキー大統領は外交努力を怠り、今回の悲劇を招いた張本人だと今でも思ってる。

Alex Gibney監督はレビュー済「ラッカは静かに虐殺されている」。国家や組織の権力乱用をテーマに世界中で多くの秀逸なドキュメンタリーを撮った才人。今回のターゲットはМихаил Ходорковский、ミハイル・ホドルコフスキー。彼はソ連の共産党崩壊後の混乱に乗じて国家資産を私物化、新興財閥「オリガルヒ」の中で最も権勢を誇った1人。ロシアは共産主義から社会主義へ移行するが、新たに登場した出世頭と衝突する。KGB工作員から政権トップに上り詰めた、ロシア連邦の初代大統領ボリス・エリツィンに後継指名された、その名はВладимир Путин、ウラジーミル・プーチン。

プーチン大統領の腐敗を批判したホドルコフスキーは、経営する石油会社ユコスに絡んだ複数の容疑で逮捕され有罪、10年間刑務所で暮らした。ソチ冬季五輪を前に大統領の恩赦で釈放、今はロンドンで亡命生活を送ってる。莫大な個人資産を保有し、反プーチン派の運動へ資金援助を行ってる。秀逸なのは、コレと対比する形でアメリカのトランプ大統領の政治評価にも言及してる。ドキュメンタリーなので、全てが真実とは思わないが、現在の世界情勢を俯瞰する意味でも、見逃し厳禁の傑作ドキュメント。

物語はロシアの歴史を分かり易く描く為に、エリツィン時代まで遡る。当時のロシアは民主主義に準えて規制緩和と民営化を推し進めた。国民の誰しも市場経済に移行すれば生活が豊かになると信じてた。しかし、解包された基幹産業を手に入れたオリガルヒは、政権に強大な影響力を及ぼす。ソ連時代の手厚い保護を失う事など全く気にも留めなかった国民は、経済の混乱で共産党時代よりも生活が貧しく為る負のスパイラルへ。

それを立て直したのがプーチン大統領で在る事に何の異論もない。彼は世界第2位の軍事大国を背景に再びロシア帝国の再建に動き出す。首相の座を含め20年以上も政権に留まり続けるが、卓越した政治手腕を背景に富を貪るとか思想信条ではなく、権力への異常な執着心に他為らないと私は思う。アメリカの情報では彼の個人資産は2000億$を超え、アメリカの財閥と遜色ないリッチ・ピープル。この話は決して対岸の火事では無い。日本も保有資産が世界有数の郵貯と言う金融機関が有る。それを規制緩和と称して、自民党までブッ壊して成立させたのが郵政民営化。では、今の郵貯の最大のスポンサーが誰か、日本国民は知らされてない。現在の賃金が上がらない根源は、この問題と深くリンクする。日本国を売り払った張本人とオリガルヒには何の違いも無い。

プーチン大統領の特徴はスピーチの巧さに有る。KGB時代に培った巧みな人心掌握術で、国内のメディアを籠絡すると、NATOに居るEU諸国には安価で天然ガスを供給し懐柔策を謀る。カーボンニュートラルを推し進める国が原子力発電から撤退すると見越したからだ。そしてロシアが対外的に不利に為ると、ガスを止める経済制裁で対抗。ロシア国民は拍手喝采である。その手法をそっくり真似たのがトランプ大統領。Twitterでフェイクニュースが飛び交えば、誰もテレビや新聞を信じなく為る。日本だって「NHKをブッ壊す!」国政政党が有るじゃないか(笑)。

原題「Citizen K」が、世紀の傑作「市民ケーン」を意識してるのは明らかだが、日本のメディアは電通に牛耳られ、唯一の砦のNHKもあの有り様。政治家と結びついたメディアに加え日本の場合は芸能界も汚染され、ドバイに居る参議院議員に電凸される始末(笑)。本作を観て改めて痛感したのはロシアの国民も日本国民、特に若年層には同じ意識が有ると言う事。それは「安定が一番」「革命は望んでない」「他にマシな政党がない」「民主党よりマシ」。私達は牛の様に飼い慣らされてるだけかもしれない。

貴方は本当のロシアを知ってるのか?。政治を動かす舵を握るのは私達国民なのです。

このレビューを書いた後で、Mikhail Gorbachev氏の訃報を知った。彼も又ロシア国内と西側諸国では正反対の評価を受けた1人。社会主義の破壊者、平和構築の功労者、私が今まで生きた中で一番大きな世界情勢は「ソ連崩壊」。彼のペレストロイカ(建て直し)は、プーチン大統領の今も道半ば。彼は大国の威信を崩壊させ、共産党も解体出来なかった。第三次世界大戦を退けた功績も、ロシアでは霞んで見える。彼の歴史的評価は此れからだが、さぞ無念の想いで去って逝ったと思う、改めて御冥福をお祈りしたい。
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