stanleyk2001

鬼火のstanleyk2001のレビュー・感想・評価

鬼火(1963年製作の映画)
4.0
『鬼火』(Le Feu follet ゆらめく炎)
1963
フランス

アラン「退屈な暮らしじゃないか?」
デュブール「妻と娘たちとカビくさい家が僕の情熱の一部だ」
アラン「昔の目の輝きがない。力強さも」
デュブール「年をとったのさ。当然だろ。希望はないが安定はある。青春とは訣別したんだ。君は大人になることを拒んで青春にしがみついている」
アラン「大人になるには欲望が必要だ」
デュブール「幻を追い求めるのか」
アラン「平凡は嫌いだ」
デュブール「その中に10年もいただろ」
アラン「だからそれをやめるんだ」

「生きることは屈辱と同じだ」

アラン・ルロワ(モーリス・ロネ)はアルコール依存症。治療施設に入院しているが院長は完治したと判断している。

映画の冒頭、アランは昔の彼女リディアと一夜を共にした。リディアから復縁を誘われるがアランは断って彼女を空港へ送って別れる。

映画が進むにつれてアランの過去が浮かび上がって来る。

・アランは寸鉄人を刺す言動で男性も女性も魅了する男だった。ひとかどの人間になるだろうとみんなが思うような才気溢れる男だったがアルコール依存がアランを蝕んでいった。

・ドロシーというアメリカ人と結婚してアメリカで暮らしたが離婚してアルコールに溺れ治療施設に入院した。

アランは施設から出かけて昔の友人達を訪ねる。

・結婚して子供を持って平凡な市民になったデュブール。

・芸術活動を続けているエヴァ(ジャンヌ・モロー)

・軍隊仲間

・昔住んでいたホテルのバーテンダー

・ブルジョワ仲間のパーティに呼ばれたアランはその時には禁酒を破っていて酒によって憎まれ口を叩いて女性たちに保護されたりしている。

アランのただならぬ様子に何かを感じ取ったブルジョワの友人たちは明日のランチに誘う。

帰宅したアランは部屋の写真などを整理してルガーP08を心臓に突きつけて引き金を引く。fin

主人公の名前はAlain Leroy。発音はアラン・ルロワ。「ルロワ」という発音はLe Roi(王様)と同じ。

ある登場人物の女性がアクセサリーをつけた姿を男性が「『ユビュ王』の母親みたいだな」と揶揄う場面がある。

『ユビュ王』(1888)はアルフレッド・ジャリが書いた戯曲。ユビュ王は王を殺して王位を奪い悪事の限りを尽くす。言葉遣いが汚い。

『鬼火』の主人公アランはユビュ王になぞらえられているのかもしれない。

気の利いた悪口で人気を得たが何者にもなれずアルコールに依存する。自分が平凡な人間であることを認められず友人たちに別れを告げて自分の人生を終わらせる。

友人たちを次々と訪れるのは『舞踏会の手帖』のようでもあるしフィッツジェラルドの『バビロン再訪』のようでもある。自殺する直前にアランはフィッツジェラルドの短編集を読んでいたし。

ある友人は堅実に暮らし、ある友人は目指した芸術の世界で暮らし、ある友人は豊かな暮らしをしている。明るさと才気を失った自分に向ける彼らのいたわるような視線がつらい。

主人公の友人を訪ねる道行を見ているとこれは誰にでも起きる事だと悲痛な気持ちになった。

「俺は何者かになるはずだったんだ。でも何者にもなれなかったんだ」そんな叫びが聞こえて来るようだった。

・音楽はエリック・サティのグノシエンヌ第1番。憂鬱な旋律が耳を離れない。
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