ぼっちザうぉっちゃー

バビロンのぼっちザうぉっちゃーのネタバレレビュー・内容・結末

バビロン(2021年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

未曾有の「映画力」にただただ陶酔し切った三時間だった。
お祭り映画というより、「一人映画祭」みたいな自由と無秩序を頭っから浴びせられている感覚。
もう眼から頭から体から、全身が謎の熱を帯びて仕方がなくて、それでいて意識は普段以上に覚醒している不思議な酩酊状態。
遅い時間の上映だったこともあり、鑑賞後もあまりの興奮に眠れずそのまま延々とサントラを聴きながら夜を徹してしまった。お酒より先に映画で二日酔いを食らうとは。

開始10分の間に見事に糞と尿がそれぞれ飛び散るというとんでもなく下品で異様なオープニング。この時点でいかに「“アカデミー賞最有力”」なんて謳い文句を頭の隅っこに蹴飛ばせるか、理性とか禁欲的な心のタガをぶっ壊せるか。この映画が楽しめるかどうかはここで決まるといっても過言ではなかった。
そして始まるのは、豪奢な邸宅の方々で酒とタバコと女がダッチロールする酒池肉林の乱痴気騒ぎ。まだ何も始まっていないにも関わらず、その混沌と混乱と狂熱に、瞬く間に心は搔っ攫われた。密な空間と膨大な人の熱気、そしてマーゴット・ロビーの魅力に取り憑かれる。その無軌道と悪趣味とピュアな魔法はまさしくナチュラルボーンの「スター」そのもの。ブラッド・ピットのカリスマと渋さも終盤にかけてどんどん研ぎ澄まされていくような凄みを感じた。
(そんな「スター」たちを差し置いてエンドクレジットは“In order of appearance”で“Truck driver”が最上段だった。そしてマーゴット・ロビーの当て馬にされてたのサマラ・ウィーヴィングだった。)

全編を通して、映像的なリフレクションや流れるような長回し、短いショットと時間経過の表示などで目まぐるしく動き回る状況を適宜抜いていくのがとても気持ち良い。興奮がどんどん加速してじっとしていられない。
そしてとにかく終始吹き鳴らされ、打ち響かされる音楽のパワーが凄まじい。ジャズを基軸としてボーダーレスに表情を変えながら鼓膜を振るわせるのが楽しくて仕方がない。音楽映画ではないけれど、もはやそれに等しいほどの存在感でダイジェティックに使われ続ける音楽。「音」というものが大事な今作において圧倒的に水際立った精彩を放っていた。
それと同時に、いたたまれなくなるほど「無音」の時間というのも印象的。それは「(サイレント)映画として完成された無音」と、「(トーキー)映画を作るための無音」であり、やはり「音」というのがとても象徴的に用いられていた。
改めて映画というものは「音」と「映像」で出来ているということを切に思い知った。

「アクション!」と「カット!」を繰り返すように、展開自体に喧騒と静寂の流転が意識的に使われていて、サイレントからトーキーへと移り変わり「色」と「音」を得て華やいでいく映画界、そのなかで「輝き」と「名声」を失っていくかつての「スター」たち。バスルームで、新聞の片隅で、ひっそりと消えていくスターたち。そういった諸行無常、盛者必衰の理を表しているようにも感じた。
後半では業界の堅苦しさが、ビシっとスーツでフォーマルという上品なビジュアルでも表れていて、人が二、三人死のうがお構いなしなサイレント時代の下品さが恋しくなってきたりもする。

セレブたちのバカ騒ぎを尻目に、埃っぽい小さな物置で熱く語り合った大きな「夢」。
その憧れの中で過ごした紛れもなく夢のような時間。夢と消えた愛の逃避行。
旅疲れのような疲労感と切なさが入り混じるエンディングで、さながらパンドラの箱を開けたかの如く溢れ出す、記憶の中の熱き魂。よき時代。かつての夢見人は自分たちが確かに作り上げてきた「映画」に何を見たのか。


世界規模のパンデミック。それにより拍車のかかるストリーミングの拡大。ショート化の波。今の映画界は、トーキー時代の到来に匹敵する抗いがたい「時代」の転換期を迎えているのではないか。来る「時代」においては果たして、今も昔も変わらない映画にかける情熱と、界隈の盤石は担保されるのだろうか。
映画人たちが抱える一抹の不安。作り手ではない私には正直掴みかねるし、その本当のところは分からない。

それでもただ懐古的感傷に身を窶す低回趣味を見せているわけではなく、むしろ過去の遺烈を引き合いや警鐘とする鎮魂歌であり、まさに戦っている「今」を鼓舞し未来を戦い抜かんとする応援歌であるような気がした。

それは両立しているようにも破綻しているようにも見えたけれど、とにかく観客に何かを感じて欲しいという気持ちが伝わってきた。数多の映画の引用を経て、やがて視覚的な抽象化、概念化が極まるラストのメッセージは、明らかに作品内の描写を越えて『バビロン』を観る者の感性に対して訴えかけてくる。
映画の命運を握る「観る者」に向けて。時代を占う圧倒的不特定多数に向けて。その価値の是非を問うてくる。


絶賛しようが酷評しようが、称えようが貶そうが、映画という度し難く大きな大きな世界に、激情渦巻く光と闇の世界に、ひとたび憧れを見てしまえば、無色ではいられない。「“人生は最高!”」に色づいていく。
映画史を創り上げてきた先人たちに敬意を。映画を愛する全ての人に希望と情熱を。
そして、この先も映画界に、大きな夢あらんことを。