なしの木

アンテベラムのなしの木のネタバレレビュー・内容・結末

アンテベラム(2020年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

【あらすじ】
南北戦争時代を思わせる綿花のプランテーション、そこで働く黒人奴隷と支配する白人たち。脱走を試みる女性の奴隷はまるで狩りの獲物のように首に投げ縄をかけられ射殺されました。それを目の当たりにして慟哭する夫。妻の首には金のロザリオが光っていました。

馬に乗せてこられた黒人女性が部屋で白人の主人から折檻を受けます。『自分の名前を言え』と強要されますが、彼女はなかなか答えません。とうとう彼女をテーブルの上に乗せて腰に焼き印を入れました。苦痛に泣き叫びながら彼女は自分の名を口にします。「エデン」と。

舞台は現代、目覚める女性。さきほどのエデンと同一人物のようですが隣に寝ているのは夫、可愛い娘もいます。部屋に飾ってある写真には乗馬する少女のころの姿などから彼女がハイソサイエティとして成長したことが窺えます。朝食の用意をする優しい夫。彼女の名はヴェロニカ、社会学者として活躍中。メディアで黒人女性を批判する白人の議員をやりこめます。議員が怒っていることについてヴェロニカは娘に「怒りは恐れの裏返し」だと教えます。

家を出る前にリモートで取材を受けるヴェロニカ。インタビューアーの女性は「その口紅はあなたの肌の色に合っていてとっても素敵」とかなり失礼な態度をとります。ヴェロニカは口紅をティッシュで拭いました。

ヴェロニカは講演のために飛行機に乗って家を離れます。彼女は娘に「大きな飛行機が見えたらママが帰ってくるから」と言い残しました。

舞台はプランテーションに戻ります。奴隷たちは会話することすら禁じられ虐待を受け続けます。妻を殺された男性はエデンと逃亡の計画をしているたようですがエデンは決行する気はないと言います。そこへ新たに奴隷達が運ばれてきます。そのうちの1人がエデンのもとを訪ね、「これはどういうこと?」「私はあなたのことを知ってる」「とんだリーダーね」と意味深なことを言います。彼女は自分は妊娠しているのだと言いました。

滞在先のホテルでヨガをするヴェロニカ、そこへ友人が訪ねてきます。夜に友人との食事をするためフロントに行きましたがそこにいた白人女性の態度は慇懃無礼なものでした。その間ヴェロニカの部屋にリモートで話をしたインタビューアーが忍び込んでいました。彼女はヴェロニカの口紅を自分の唇に塗り、不敵な微笑みを浮かべました。
ヴェロニカはホテルのエレベーターでクラシカルな服を着た少女と出逢います。少女はヴェロニカに「シーっ、しゃべったらダメ」と言いました。彼女は首に縄をつけた黒い人形を引きずっていました。

黒人女性の権利について講演後、ヨガのインストラクターと友人と3人で食事に出かけます。タクシーの中で夫にメールするヴェロニカ、送られてきた写真には「君に似て乗馬の名手だ」という言葉が添えられていました。レストランに着くとヴェロニカは泊まっているホテルの受付の態度が悪いこと、掃除が行き届いていないことを愚痴ります。白人のヨガインストラクターは私はそんなことなかったと言います。レストランでナンパされた友人はハイテンションで店を出ます。ヴェロニカが口紅がバッグの中から消えていることに気がつきますが友人達は気にもとめません。

レストランを出たあと、ヴェロニカは1人別のタクシーでホテルに戻ります。明日、娘の友達の誕生日会があるため朝一の飛行機で帰らなければならなかったからです。しかし彼女が乗ったタクシーは彼女が呼んだものではありませんでした。後部座席に乗っていた男にはがいじめにされ、顔を窓に打ち付けられ血を流しながら彼女は連れ去られました。

プランテーションに将軍がやってきました。歓待するためにエデン達も並びます。妊婦の黒人女性もイヤイヤながら接待します。彼女は態度が気に入らないと腹を蹴られました。

翌日、綿花畑に彼女は遅れてやってきます。そうとう具合が悪い様子でしたが出血し流産してしまいました。妻を失った男性は女性を守るため白人の気を引こうと「クラッカー(貧乏白人)」と言い、罰として小屋掃除を言いつけられました。その小屋には灰と金のロザリオ、そこは妻が焼かれた焼却小屋でした。その夜も「ご主人様(将軍)」と寝ていたエデンでしたが夜中にスマホが鳴りました。ここはヴェロニカの祖先の記憶などではなく現代だったのです。そしてエデンはさらわれたヴェロニカ本人でした。電話の会話から夫が自分を探していることを知ったヴェロニカは苦しみます。

翌日、流産した女性は自殺していました。ヴェロニカは農園からの脱走を決意しました。

妻を失った男性と一緒に脱走を試みるヴェロニカ、「ご主人様」のスマホを手に入れますが顔認証が必要なため小屋に戻ります。そこで待ち伏せに会うものの、2人で彼を打ち倒し夫に位置情報を送ることに成功しました。ヴェロニカは叫びます「私はヴェロニカだ‼︎」と。エデンなどではないのだと。
男性は深傷を負い亡くなりました。
プランテーションに上っていた旗を降ろし「ご主人様」を包んで焼却小屋まで運びます。まだ息のある彼は「われわれは目に見えないだけでどこにでもいる」と意味深なことを言いました。小屋に火をつけようとしたとき、他の兵にみつかります。外に出たことを問い詰められますが「将軍様が怪我をしたのですぐきてください」と兵を焼却小屋に誘導し鍵をかけ火をつけました。松明を手にその場を離れるヴェロニカ。その背を白人達を焼く炎が照らしていました。
馬を奪って逃走するヴェロニカ。彼女の特技は乗馬でした。馬術で追手をかわし、さらに馬で追ってきたインタビュアーの女性をうち倒しました。彼女の父親は冒頭でヴェロニカと討論していた議員でした。

森を抜け、戦火のなか斧を手に疾走するヴェロニカ。そこはかの議員が所有していた南北戦争を体験できる施設でした。

そしてようやく現代文明のある場所まで出たヴェロニカ。彼女の名には涙が溢れ、空には飛行機が飛んでいました。



【感想】
 
ものすごい映画でした。スマホの着信音だけで農園が現代のものだということを観客に伝える表現は秀逸でした。そこからの展開はずっと鳥肌立ちっぱなし。ずっと違和感はあったんです。プランテーションと言うには小さい綿花の畑、収穫するそばから焼かれる綿花、連れてこられてすぐに言葉が通じる黒人奴隷達。他にもアメリカ史に詳しい人ならわかるようなヒントはたくさんあったんだろうなと思います。思わせぶりなエデン(楽園)という名前、これは白人にとっての楽園に連れてこられたと言う意味と彼女にとってそこは地獄であったという意味があるのかなと思います。自分的にグッときたのが妻を失った男性が亡くなったとき、ヴェロニカがかけた言葉です。「残念です、教授」そう言ったところで彼が知的に高い職業についていたことがわかります。もともと尊敬される職業についていた彼が奴隷としてどれだけ屈辱的な思いをしたのか、その上妻を失ってまで生き延びようとした理由は何だろうと泣きそうになりました。
ラストシーンで戦火の前を走り抜けるヴェロニカは美しく、その美しさは社会学者として脚光を浴びるキラキラした姿とはまた違った輝き方をしていました。奪ったジャケットを羽織り、武器を掲げ、自由のために戦う戦士のようでした。

アンテベラムという名前は南北戦争以前という意味があるようです。
「アンテ」という接頭語にはそれより前という意味があります。
私自身の勝手な解釈にはなりますが
「戦火の前の」と言う意味、それに加えて「ヴェロニカの前にどれだけの人々の苦悩があったのか」それを「アンテベラム」という言葉が示していたのではないでしょうか。
なしの木

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