麟チャウダー

The Wave(原題)の麟チャウダーのレビュー・感想・評価

The Wave(原題)(2019年製作の映画)
3.8
なかなか面白い、サイケデリック脱法自己啓発コメディ映画だった。
ちゃんとぶっ飛ぶし、イかれた映像と神秘的な映像、常識を覆す時空の映像が楽しませてくれた。スピリチュアル的な世界観があって、薬物トリップものなのにまさかの自己啓発的な内容には驚き。悟りの境地に達する方法が幻覚剤でトリップだから真似はできないんだけども。

スピ系自己啓発本を要約した内容を、薬物をキメた主人公を通して理解して行き、宇宙と繋がり、世界の仕組みを目の当たりにする痛快なラストまで全部良かった。
宇宙の望み、宇宙の意志に耳を傾ける体験なんだけど、そういう神秘性に泥を塗るコメディ映画のテンションが実に愉快。主演のテンパり芸、顔芸、振り向き芸、眼球パキパキ芸が愉快。主演は『ダイハード4.0』の時のハッカー、マシュー・ファレル役の人で、めちゃくちゃ久しぶりに見たなって感じ。相変わらず焦るのが上手い役者さん。

小気味いいトリップ感があって、程よく軽快で、先が読めなくて、ちょっとしたミステリー要素もあり、ずっと面白かった。
今後の展開を暗示していたり、印象に残る情報や伏線の配置が良くて分かりやすい内容だった。ただ、分かりにくい部分は最後まで分からなかった。
エンドクレジットのイケイケな音楽も相まってスカッとする終わりに、朗らかな気持ちも残って鑑賞後は気分が晴々としてる。

ちょっと、それっぽさはあったけど音楽がクリフ・マルティネスだったらもっと良かっただろうなって思った。

全体的に好きな感じの映画だった。宇宙がどうあろうとしているのか、を主人公を通して知ったり、主人公が自分の役割に気付くあたりなど、示された “道” から大きな視野を得られる展開なんかは良かった。
ああいう本来は人間の視点では分からないものを描く作品は大好物。

自由意志はあるのかって考えちゃうけど、主人公は選ばれた人間で、その時点でもう普通の人生の視点を失ってるんだろうなって思う。それが良いことなのかどうかは分からないけど、誰かにとって意味のある現実にはなったんだから、そしてそれに気付けたんだから、その人生を幸福と呼ぶのかもしれないなと思った。宇宙の声に耳を傾けろ、あとは宇宙に任せろっていう頼もしいような、なんだかそんな宇宙の強大な態度を感じる。

ずっとそこにある、っていうのは真実や本当の姿は常に目の前にあるってことなのかもしれない。
ただ人間の目には見えなくて、見えない原因はやっぱり先入観とか偏見とか常識の類なのかなって思う。だから、常識を覆す体験を通して新たな視点を獲得したからこそ、見えなかったものが見えるようになったのかもしれない。

死後の世界が、もう一つの現実ということ?
死後の世界すらももう一つの現実として、一人に対して一つずつある別の世界なのかも。生きている時からずっとあって、次の現実で生きることが、前の現実での死なのかもしれない、なんて。

自分の行いが、本心では正しいと思えなかったり。間違いかもしれないと思ったり。自分の言動や考え、生き方に矛盾があったり。望むものと現実が違っていたり。自分が意識的に思っていることと、無意識に思っていることはどちらが本心だろう。自分の信じる正義はどちらにあるのだろう。

自分で全ての選択が選べて、行動や思考も選べる。全て自分で選んだその先にある現実を選べるってことじゃないかな。現実は選べる。それは、“自分で” 行動を選ぶということなのかな。

カルマ、調和、バランス、現実は選べる、宇宙の意志の一部に、宇宙との融合、宇宙との調和、臨死体験、死後の世界?合図を見逃すな、サインを聞き逃すな。過ちを正す。起きたことは変えられない。などなど、理解が追いつかない。

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裸の男女、喧嘩する若者2人、腕組みして仁王立ちしてる後ろ姿。の冒頭。
実体のある裸の男女、一時的な幻影として現実に干渉する若者2人、淡い輪郭の姿で光の中に消えて行く後ろ姿。
どんどん実体が不確かになっていくから、実体の段階を表しているのかな?肉体、幽体、霊体っていう段階とかかな。
幽体は時間を超越して、霊体は次元を超越する、とかなのかな。

主人公の職場での成果や同僚との時間とは裏腹に、色味のない家庭、すれ違う夫婦の意見、曇った星空、欲求不満という主人公から見える世界が対照的に描かれる。
そこからカラフルで爆音の冒険へと、縛りのない世界、ルールを無視して、弁護士や自分の生き方という道を外れて、枠を飛び越える体験をしていく。
薬物に手を出して…、波が押し寄せてくる。長回し夫婦喧嘩からの…、ここでもうワクワク。

改めて観返すと、初登場時にほんの一瞬だけたしかに違う方のあの人が映ってて、いや合ってる方のあの人なのかな?
もうその時点で違う風に見えていた、ってことかな。違う風に見えていただけなのか、もう本格的に入れ替わっていたのか。そこが分からない。主人公の認識と、実際の現実、の違いっていうことかな。

テレサと主人公の間を人が通り過ぎたり、この2人とカメラの間を人が通り過ぎたりして、視界から消える瞬間が何度かある。意図的なんだろうけど、何だろう?見失うけど、また見つかるということを暗示しているのかな?それか、見失ったり見えなくなっても “ずっとそこにいる” ことを意味しているのか。

テレサの正体が分からなかった。
結局、テレサは誰で、何?
テレサがいた場所は何?あれが「道」なのかな?あの場所が道という次元で、そこにいるテレサが「道」そのものだったり?
宇宙がそういう姿をした、そういう場所

あの場所でテレサに会う度に、主人公は死んでるから死後の世界かと思ったけど、死んではないのかな。
臨死体験によって霊体があの場所に行っていただけで、現実では主人公の死は完結してなくて、宇宙が時間を調整、修正することで元に戻れたのかな?

主人公は、宇宙が宇宙自身の姿を修正する計算の途中式なのかな。そして、主人公という途中式は、いつどこでも書き換えることができて、それがトリップ体験を通して行動を修正していたことになるのかな。

基本的には、時間を示すモノを壊すか、衝撃を与えるとタイムスリップするみたいだけど、自分の意志の場合や別の何かの意志の場合があったり、現実の見え方が変わるだけだったり、幻覚剤によるトリップ体験の仕組みが理解できない部分が多かった。


自分のしている仕事は、正しいのか。
用務員やメイド?、下働き、低賃金の労働者に対する態度があからさまに悪いところが、そういう人に対する考え方が現れている場面だと思う。

資料を乗せたイーゼルを移動させるのを一番近くにいる主人公ではなく、わざわざ一番遠くにいた用務員の人にやらせる。時計の電池交換、掛け替えもその人間にやらせる。

メイド?のような格好をした人が飲み物を入れてくれるが、上司たちはそれに見向きもしない。主人公は一応、その人の事をきちんと見てお礼を言っている。

貧乏人など、自分たちが見下す相手を貶して盛り上がったり、底辺の人間を明らかに下に見ている。エリート特有の、底辺の人間に厳しく偏見に満ちた意見を持っていて、そういう人間が集まった保険会社なのが分かる。

上司の背後で、時計を掛け替えている用務員が脚立から落ちる瞬間を、主人公しか認識していない。
底辺の人間の事故に見向きもしない会社の上司、という違和感を主人公に感じさせる場面なのかな。
主人公だけが、そういった底辺の人間の身に起こっている事を気付いていた場面だと思う。そして、自分が彼らの命を握っていることに気付く。その途端に、会社や自分の仕事の見え方が変わったということなんだと思う。

今まで普通に見えていた上司達が突然、怪物のように見え、言動が地獄のような様相を見せる。そして、用務員が首を吊る幻覚が見えることで、保険加入者の死刑宣告をした自分に気付く。そんな風に、保険会社が死刑宣告した人間達の血肉で私腹を肥やす上司達の本性を見てしまったということかな。

見え方が変わることで、自分の仕事の正しさが揺らぐ場面なんだと思う。本当は違和感を感じただけなんだろうけど、幻覚剤をキメてるからここまで派手に見えて、そのおかげで疑念が生まれたんじゃないかな。
きっとこれも、宇宙からの合図のひとつなんだと思う。人間の目ではなく、宇宙自身の目で見た光景がこうなんだと思う。
人間の都合に捻じ曲げられることのない事実は、こういう姿をしているのかもしれない。
麟チャウダー

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