しゃりあ

ジョゼと虎と魚たちのしゃりあのネタバレレビュー・内容・結末

ジョゼと虎と魚たち(2020年製作の映画)
3.4

このレビューはネタバレを含みます

原作未読 実写視聴済

実写版に常に漂っていた死の匂いは一切しない
かなり岡田真里の下位互換的な脚本。

まずはなんにせよ画面がずっと綺麗。
絵本奈央先生の絵は、『それでも僕は君が好き』の時からずっと好きだし、マジで最高of最高でなんも文句ない

アンビエントな劇伴は否応なく『聲の形』を思い起こさせるし、カメラ的表現は京アニを、引きの画面による背景の美しさは新海誠を導いてくる。
これにはあらゆるアニメーション作品の特徴を、その監督の御家芸とせずにしっかり取り込んでいこう、という気概を感じて心地よかった。
良いところは取り込んで、ちゃんとそれを業界のスタンダードにしていこうという姿勢は、きちんと進歩していく上で大切な気がしている。

特に良かったのは空の水彩表現。単なる引きの絵というだけでなく、奥行きが感じられるような空と海の表現が美しい。


ストーリーや設定は実写版、原作とは大きく異なる。

これは単に僕が、実写版の妻夫木の、しょうもなくも、自分なりにジョゼの力になろうとして小さく変わっていく描写が好きなせいもあると思う……

アニメ版の序盤は、完全にボーイミーツガールの文脈で、お互いのことを知り合う、仲を深めるというシークエンスであり、特にそれ以外の内容は無いと言ってもいい

作劇はかなり王道で、これはこれで良いかと思っていたが、後半になると脚本の底の浅さが気になってくる
「裏切り」として主人公が事故るわけだけど、わりとすぐに問題は解決し、地獄のようなご都合主義でジョゼは救われてしまう…
まぁこの辺は好みの問題かも知れない…


一番気になったのは、ジョゼがジョゼと名乗ることについて
久美子が自分をジョゼと呼称するのは、サガンのジョゼ三部作から
それこそ、婆さんが死んだ件で引用された『すばらしい雲』の
「人生から逃れる。他の人が人生と呼ぶものから。感情から。己の長所から、己の短所から逃れ、ただ何億という星雲の百万分の一の一時的な呼吸であればいいのだ。」
という逃避と憧憬がないまぜになった久美子の障害に対する姿勢の現れといって良いだろう
だが、アニメ版ではほぼ逃避したくなるような現実も葛藤も描写されない

実写版では保守的に久美子を守る/隠そうとする婆さんも、わりとノーマルな感じになっているし、久美子の苦しみもあまり感じられない(あったよ!と言う人もいるとは思うが、聲の形での「聲」描写のような生々しさと比べれば、皆無と言っても良いだろう)

そして、恒雄の態度も実写版とかなり異なる。
海洋生物学を専攻する大学生という設定はそれなりに良かったとは思う。
しかし、序盤では良く感じた、恒雄の非童貞的な振る舞いは、終盤に差し掛かると安易なメサコンの裏返しでしかなかったような感じがしてしまう

実写版の献身的でありつつも、「久美子の障害ゆえに、いつか久美子とは別れることになるだろう」という諦観らしさも、悩みも見られない
拒絶されてもなんとなく近づいたりするだけで、「ただ久美子が好きだから助けている」くらいの印象しか持てなかった

ゆえに、これは「主人公が」というのではなく、メタに脚本家がメサコン的視点である証拠であるし、それに無自覚だろうということが感じられてしまう(特に考えずに型で主人公を描いているように思えてしまう)というのが厳しい


最近のアニメーションは…というカス老害みたいなことを言っても仕方ない気もするが、いくら若い子向けに作っているとはいえ、実写版で肉薄した障害や己の不格好さみたいな部分から目を背けすぎではないだろうか。

辛いものから逃れる、醜いものから目を逸らす。若い子向けだからこうなっている、というのは、放送コード的なコンプラとは異なる次元で作品にとって毒になりつつある
分かりやすさ、描かなさ、という目線は、傷を傷として抱き続けることの否定、つまり過保護で過干渉な目線であり、それはこうやって物語を軟化させ、流動食的なモノへ変貌させていく

これからの商業的アニメーションは、"エモさ"を感じるためだけのモノになる
「私は考えてきた、それは物語があったからだ」と豪語できた時代は終わるのかも知れない

ジョゼの主題歌にeveが抜擢された時、いまの十代にとっての青春ってこういう色や雰囲気なんだな〜と感慨深かった覚えがあるけど、その感覚は悪い意味で裏切られてしまって悲しい
物語とは"エモ味のする飴"くらいの意味合いになっていく、そんな気がしてならない

すげーどうでもいいけど、ED中の海で戯れるジョゼと恒雄のシーンがめちゃくちゃ良かった
めちゃくちゃよかっただけに、これを作中に放り込んで映画を際立たせてくれよなんでだよダボがよという気持ちになってしまった……

なんか全体的に酷評気味になってしまったけど、まぁ作画良いし、演出良いしで観る価値は普通にあると思う

まぁそもそも実写の方は「ベルナールは……」から始まる引用がマジメインだから、ここまで違うのは当たり前だしなたぶん

つか「声優じゃなく俳優なのが懸念で…」とか言ってる奴がたくさんいるくらいだから、まぁね……暗いね……オォ……