グラノーラ夜盗虫

プロミシング・ヤング・ウーマンのグラノーラ夜盗虫のレビュー・感想・評価

4.3
主人公の名前・カサンドラは、ギリシア神話に登場するトロイの王女の名前。未来予知の能力がありながらその言葉を誰にも信じてもらえないという境遇を持つことから、「身近な人間関係での不条理な状況に置かれ、社会から理解をしてもらえない」ことによる状態として、カサンドラ症候群という言葉も生まれている。親友ニーナのレイプとその死に憤りを覚えながら、その憤りを理解してもらえない本作の主人公・カサンドラと重なる。

本作はそのカサンドラの、巌窟王ばりの復讐譚になるが、映画「パラサイト」と重なるジェットコースター的展開と、ジャンルに縛られないストーリーの流れ(コメディ⇨ロマンス⇨スリラー?)で、重さに関わらず大変楽しく見ることができた。

この映画において、まず興味深かったのはファッション・メイクの使い方。
普段のカサンドラの、キャリーマリガンの永久不滅にロリな顔立ちに似合う洋服(パステルカラー、ギンガムチェック、花柄など)、ブリジット・バルドーをモチーフにしたというヘアセットとは、90年代のガーリーカルチャーそのもの。
この過剰なガーリーさで物語全体の不穏な雰囲気を誤魔化していることが明白であることが、さらに物語の不穏な雰囲気を際立てていた。
また、カサンドラにとってのファッションは武装であり、戦いに挑む際にはTPOに添いつつ過剰な装いになる点は、女性の多くがうなづく感情なのではないだろうか(特に最後の装いは武装maxである)。

またカサンドラを、個人を超えて大義に自らを投じる伝統的なヒーローとありかたと重ねる各種シーンのカットも興味深い。

現在のカサンドラは自分自身の人生を失っているように思われ、普通の観点から見ても精神的にも正常ではない。友人も恋人もいなければ、仕事や趣味に打ち込むこともせず、復讐と世直しの他は全く無気力に生きている。ニーナが直面した不条理を生み出した社会の世直しと、直接または間接的な加害者への復讐に費やしている。この生き方は、個人の人生を投げ打ち、大義=正義のために生きる伝統的なスーパーヒーローの姿と重なる。
これを表すように、個人カットにおいてカサンドラが聖母または天使のように表現されているシーンが散見される。たとえば壁の丸い装飾が光輪のようにつかわれていたり、二つのソファのクッションが、カサンドラの羽根のように見えるように写されている。
個人の人生を犠牲にし、スーパーヒーロー、または”聖母や天使”のような高次な存在となったカサンドラが行き着く先としては、あのエンディング以外にはありえなかったのではないだろうか。

他に特筆すべき点としてはオープニングの、クラブで踊るメタボ男性のお尻(誰得)を延々と写したシーン。一瞬でフェミニズム映画であることを悟らせると共に、お尻の揺れの滑稽さが本作のコメディ的側面を際立たせていた。