懐が深い…。今作をもってようやく2021年ベスト10が確定したので下の方に書いておきます。
社会のクソっぷりの描写については列挙しないが、冒頭のおっさんの股間を始め、立場の逆転に次ぐ逆転が、最後に男性の暴力を炙り出す脚本が抜群に良い。
以下、気づいた事を雑多に書いていきます。
・とにかく見終わってからキャシー(キャリー・マリガン)について考えている。
宗教画や天使のイメージは「聖女」のようでありながら、あらゆる女性に化ける「妖怪」の顔も見せ、地に足ついた「人間」でもある。罪の意識を背負い、贖罪に努める「殉教者」。磔刑やキリストのモチーフ、自警団的行動にダーティーハリーを連想した。
ハリーと言えば、劇中に「狩人の夜」が出てくる。女性への憎しみと神への愛から連続殺人鬼と化す男の名前がハリーだった。ジャンルが次々に変わる展開や後味の悪さ、宗教的モチーフの多さなど、こちらも共通項の多い作品だ。
・完璧な超人ではなく、復讐に復帰するのも偶然の産物。特に前半は彼女の加害性が前目に出るアンバランスな造形。車のガラスを叩き壊した後の表情は虚しそうに見える。
そこから恋愛を挫折させ、寄りを戻させ…。最初は少し距離をとって見ていた私も、徐々に彼女側に引き寄せられ、近い目線になっていった。
身を呈した男性への逆襲は自傷的、自虐的に感じる。加害者の断罪は彼女の救いでもあった。十字路で目を瞑って車を止めるのは、自死すら考えていたのではないか。ナース姿はハーレクインやジョーカー(ヒースレジャー版もホアキン版もオマージュ)や、性的なアイコンであると同時に、血に染まった十字架の象徴に思えてくる(赤十字はキリスト教とは無縁だけど)。
・彼女は最後に顔が見えなくなる。ニーナが乗り移ったようにも感じたし、同種の暴力を受けながら沈黙させられてきた女性のシンボルに変わる場面でもある。山荘の壁に架けられたいくつものカウボーイハットが、その対になっている。
・あらゆるレイプカルチャーと、それを漫然と受け入れてきた文化を破壊する。
90年代、2000年代ラブコメ調に恋に落ちていくキャシー。彼氏を連れてきて「お前が戻って何よりだ」という父親。「普通の女性」にならないと認められないあの家の息苦しさ(彼氏が父親のソースしか褒めないのが気になった)。
冒頭にターゲットとなるイケメンはドラマ「The O.C」の俳優(wikiによると「彼氏にしたいNO.1」)。キャシーにコカインを吸わせようとしたサブカル男はスーパーバッドの俳優。女性が親しんできたドラマにも毒が潜んでいるし、あの時代のホモソ感覚はもはや通用しない。キャシーの精神を継承するカフェの先輩を演じるのは、トランスジェンダーを公表しているラバーン・コックス。
最も鋭いと感じたのが、やはりブリトニー・スピアーズとパリス・ヒルトンの引用だ。Toxicのホラーアレンジには脱帽。かつて彼女たちを嘲笑った全ての人に牙を向けている。
・この映画自体がキャシーの手帳の具現化であり、この復讐譚を見たのは登場人物ではなく観客なのだ、と突き付けてくる第5章のテロップでやられた。最近、章ごとにテロップを入れるスタイルが流行っている気がするが、今作はそれを入れる意味がきちんと考えられている。82点。
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【2021年公開の新作ベスト10】
①「シン・エヴァンゲリオン劇場版」
一番泣いたし一番感想を書くのに苦労した。カッコつけずに1位です。
②「ファーザー」
映画的な表現が詰め込まれた傑作スリラー。事前知識なしで見て欲しい
③「いとみち」
最新のシスターフッド映画として、こういうのが見たかった、のど真ん中を行ってくれた
④「パワー・オブ・ザ・ドック」
正しさの静かな衝突、正しくなさへの冷徹な視点。新鮮な西部劇
⑤「アメリカン・ユートピア」
ライブ行きてえ
⑥「ドライブ・マイ・カー」
「偶然と想像」もそうだったが、良い意味で分かりやすくなってきた気がする。次作辺りで大ホームラン?
⑦「プロミシング・ヤング・ウーマン」
脚本、演技、美術は素晴らしい。後は映像が「狩人の夜」級に凝っていれば…。
⑧「最後の決闘裁判」
リドスコ安定の世界に対する絶望
⑨「ノマドランド」
ドキュメンタリー要素を入れつつ良い感じにまとめるクロエ・ジャオの力。逆に言うとこれ以上のパワーはない?
⑩「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」
丁寧な作りのハリウッド娯楽作。推している人が全然いなくて悲しい
【次点】
ロストドーター、ドントルックアップ