櫻イミト

Nora Helmer(原題)の櫻イミトのレビュー・感想・評価

Nora Helmer(原題)(1974年製作の映画)
3.5
近代演劇の父とされる劇作家イプセン(ノルウエー)の代表作『人形の家』(1879)のテレビ映画化。ノラ・ヘルマーは主人公の名前。社会規範によって家庭に縛られている”女性”の解放を描いた原作戯曲を、鬼才ファスビンダー監督はどのように演出したか・・・。

何不自由なく暮らすノラ・ヘルマー (マルギット・カルステンセン) は、銀行頭取の夫トアヴァルド (ヨアヒム・ハンセン) の命を救うために数年前に偽造を犯した。この件で彼女は脅迫され、夫に知られないように根回しを試みるが、ついに真実が明らかになった時、思わぬ行動に出る。。。

「ペドラフォンカントの苦い涙」(1972)の翌年、「あやつり糸の世界」と同年のファスビンダー作品。導入から、まさに“人形の家”を思わせる白で囲まれたセットに期待が膨らむ。前半は延々と続く“ごしショット”で閉塞感を、多用される鏡の画で自我の主客イメージが表現されて、映像を観ているだけでも面白い。ただ全編に渡ってノラの部屋への人の出入りで展開するので、後半になると少々飽きてくる(既に原作ストーリーを知った上で観たのも原因か)。

シナリオはほぼ原作通りだったが、主人公ノラの描き方には独自性があった。閉塞を続けてきた末の達観のようなものを漂わせていて、終盤での変化は夫からの解放というよりも、主従の立場逆転さえ感じさせた。このあたりは前年の「ペドラフォンカント~」に近いものがある。原作が書かれた19世紀末の価値観を現代にアップデートし、次なる時代の男女の立場を提起しようとしているように思えた。

ノラ役のカルステンセンのインタビューによると、本作の事前ミーティングでファスビンダー監督は、なんとシャブロル監督の作品を彼女に見せて役作りを指示したという。どの作品だったのか非常に気になるところだ。

※前年の1973年に同じ原作の2本の映画がイギリスで制作されている。
「人形の家」クレア・ブルーム×アンソニー・ホプキンス=最も原作に近いノラ
「人形の家」ジェーン・フォンダ×デヴィッド・ワーナー=フォンダがダメダメ

※ベルイマンが1981年に「人形の家」を舞台演出している
「イプセンの人形の家は結末をまず知ってそれから冒頭に戻るという心構えが必要です。また、今日の状況では、ノラの夫の悲劇に気付くことが極めて重要だと思います。ある意味ではノラのドラマよりも重要です。彼は男の役割と夫の地位の囚人であり、その中で押しつぶされます。彼には別の角度から物を見ることが出来ないし、考えたこともないのです。」(ベルイマン談)
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