古川智教

17歳の瞳に映る世界の古川智教のネタバレレビュー・内容・結末

17歳の瞳に映る世界(2020年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

この世界は女性の妊娠には見合っていない。女性が未成年の場合には特に。どうすれば、世界は女性の妊娠からの信頼を得ることができるのか。それは不可能なのか。まずはできないことの原因を探る必要がある。

この映画を見た多くの男たちは心の中でこう思ったことだろう。「なぜ、女性を性的にしか見れない男たちばかりが出てくるのだろう。なぜ、子供に対して、自分たちの都合ばかりで冷たく事務的に扱おうとする大人たちばかりが出てくるのだろう。確かにそういう男たち、大人たちは数多くいる。しかし、世の中、そんな男たち、大人たちばかりではないはずだ」あるいは、ここまで明確に意識しなくても、映画館から一歩外に出て、現実での日常生活に戻れば、映画の中での酷い男たち、大人たちのことへの意識は希薄化を免れないだろう。しかし、この映画が炙り出すのはそうした言説がまやかしであり、現実には異性愛者の男たちは女性を性的にしか見れていないというおぞましき真実である。

繰り返されるオータムとスカイラーの脱衣シーンを思い起こそう。そこでは映画の視線自体が「女性を性的にしか見れない男たち」の視線、つまり裸になるのではないか、裸が見られるのではないかという男たちの期待と一体になっている。もちろん、映画は裸を映し出すことはしない。

オータムがニューヨークの病院で検査を受けたときに質問される原題ともなっている「Never Rarely Sometimes Always」は、はじめからオータムの質問に対する回答が正直に真実を答えてくれることを想定していない。少なくとも、映画は想定していない。真実とは逆のことをオータムが答えることを想定しているのだ。なので、「Always」以外で答えているオータムの真の答えはいつも「Always」である。観客もまたそのことをわかっている。なぜそうするのか、そうしなければならないのか。言われていなければ、起こらなかったとは言えない。つまり、言われていないことが起こったということだ。それは何か。一切、明言はされていないが、オータムが中絶しようとしている子供は父親からレイプされてできた子供であるという点だ。もちろん、そうした描写がない以上はあり得ないと言うことはできる。先ほどとは逆に言われことが必ずしも起こったとは言えないという定式にしたがって、あくまで反照されて浮かび上がってくる映画の影のようなものとして、起こったと言えるに過ぎないものだ。女性を性的にしか見れない男たちの形象の究極形として示すに過ぎないものだ。オータムの父親が自宅で雌犬を撫で回しているのを見て、嫌悪し立ち去るオータムや、自らの腹を殴りつけて痣を作り自分で中絶を試みるオータムや、ニューヨークでトイレの中から母親に電話しても何も言えなかったオータムのことを先の起こったか起こらなかったかわからない事実の方から思い起こしてみると、得心がいく部分があるのではないか。オータムが妊娠と中絶のことを誰にも言えるわけがないこともはっきりしはしまいか。いとこのスカイラーにすら、詳しいことは何も話せないのだ。そのようなことを言えるわけがないだろう。
映画の中での人物が言えないことを映画が言ってしまってはならないのだ。多くの映画は言わせてしまうのではあるが、それが誠実とは言えないだろう。登場人物が言えないことは、言われないままで、反照しなければならない。映画は、描写されていない起こったことが、事実かどうかは問うていない。その反照性によって浮かび上がってくる真実の方を明確して問うのだ。

リアリズムにはその見た目の上での客観性とは別に登場人物の主観を画面に滲み出させて、客観性と融合させてしまう性質が備わっている。通常、映画は主人公や登場人物たちに寄り添って、その人たちが見て、感じていることを客観的な世界の有り様とともに提示してみせると思われている。しかし、そのリアリズムを突き詰めていくと浮かび上がってくるのは、または映画が描き出そうと試みているのは、登場人物の心象ではなく、そこから反照されるある残酷な真実の方である。これを反照的リアリズムと呼ぶことにしよう。(皮肉にも放題は「17歳の瞳に映る世界」で、主人公の主観性にまで事態を縮小しているのではあるが)
オータムの受けている質問と同じ効果が、この映画全体にも当て嵌まる。登場人物に寄り添うことで反照される残酷な真実とは、中絶をしなければならない少女の孤独と彷徨ではなく、少女の有り様から反照させられた女性を性的にしか見れない/扱えない男たちと、中絶しか選択肢が残らないようにさせるこの世界の方なのだ。それが世界は女性の妊娠から信頼を得られていないという事実の原因であり、反照的リアリズムである映画はそのことを告発している。
古川智教

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