幽斎

カフカ「変身」の幽斎のレビュー・感想・評価

カフカ「変身」(2019年製作の映画)
4.0
私は動物の知識は小学生以下、特に昆虫は大の苦手。今はマンションに一人住まいですが「もし」何か出て来たら、と思うとホラー映画よりゾッとする。ジャケ写の蠅男はウソですが、気持ち悪いのは当然出てきます。虫が極端に苦手な方は遠慮された方が賢明。

Franz Kafka、ハンガリー帝国、プラハ出身。僅か40歳でこの世を去るが、死後に再評価される人を「カフカ・ルート」と言う。彼の作風はユーモアと孤独がアンビバレンツに調和し、不安と横溢する空想をイメージング、独創的な世界観の小説を残したが、多くは未完成。同じユダヤ系の文芸評論家Max Brodが、彼の作品を掘り起こし世界的に有名に。カフカのコンフォート「実存主義」多くのフォロワーを生み出し、James Joyce、Marcel Proustと並ぶ20世紀3大作家とリスペクトされる。

カフカをモチーフにした文学作品は、日米のライブラリーだけで20作品超え、カフカはモチーフ易い点も有り、舞台劇やオペラなど幅広い。映画は1962年Orson Welles「審判」カフカの中でも定番、変化球として世紀の変態監督Michael Haneke「カフカの「城」」。お薦めは1991年Steven Soderbergh監督「KAFKA/迷宮の悪夢」原作「城」と「審判」を引用、悪夢的な迷宮に巻き込まれ、虚構と現実が入り乱れた独創的フィクション。無機質で抽象的な作風が大いに議論の的に成った。

「Die Verwandlung」日本語名「変身」カフカの最も有名な中編小説。この作品の後に生まれた言葉が「不条理」と言っても過言でなく、人間の実存を哲学の中心に置く思想で、日本人では九鬼周造が有名。Albert Camus著「ペスト」と並ぶ不条理文学の最高傑作。カフカがドイツの労働傷害保険局で働いてた時に書かれたが、人間が虫に変身するモチーフは、出版された1915年!には、斬新過ぎた。日本人がプロットを聞いて思い出すのは「仮面ライダー」彼のアイデアは時代を超えて愛されてる。

原作を読んだ事が無い!、と言う幸運な貴方には2007年「変身」角川文庫がお薦め。名作だけに多くのエディションが有るが、中井正文氏の翻訳は難解な原作を読み解くサポートの役目も果たし、解説も充実してるので解釈に困る事も無い。文庫本なので500円以下で手に入る、一生に一度はカフカの小説を読まないと死んでも死に切れない。

「変身」何度も映像化されてるが、長編映画は2作品しかない。ヴィジュアリティに富んだ原作、と思うが読んで見ると映像化の難しさはお分かり頂けると思う。本作以外だと2002年ロシア映画Valeri Fokin監督「PREVRASHCHENIYE」変身。原作を忠実に映画化したが、諧謔に満ちたエッセンスが、アメリカで高く評価され東京国際映画祭でも上映。円盤のレンタルも有るので、是非観て欲しい。英題「METAMORPHOSIS」変態。

カフカの「変身」は読書感想文にピッタリ、って知ってました?(笑)。とても有名な作品なのに、実は本が薄いんです、つまり短い。仮面ライダーの様に改造されたのか、的な分かり易い面白さも有る。しかし、読書感想文を書いてみると結構難解。だから映像化も手強い。しかも、学生と大人と老人では解釈が全く異なるロジックが秀逸。場合に依っては思考停止に陥る危険も。読んだ人、一人一人に「カフカ」が宿るのです。

原作に忠実で、原作を読み上げるナレーション型式で始まる。問題の「アレ」は幸運にも其れほど不快には感じない。Chris Swanton監督長編デビュー作だが、原作はホラーでは無いので造形には留意したとインタビューで語る通り、不当な表現は少なく、物語の性質上理不尽な描写は当然あるが「不快が不愉快に成らない」工夫はされてた。アレの造形がピクサーに依頼したかの様な子供寄りで驚いたが、瞬きすると妙に人間チックで気持ち悪い。意外とEテレで放送してもイケる気がする。

私の「カフカ理論」この世に自分よりも圧倒的にネガティブな人が居たとします。でも、その人は後世で偉人扱いされる程に人々から尊敬の念を集めたとします。それを聞いて貴方は不思議と安堵しませんか?。レビューを読んでる殆どは現役世代と思います。その仕事は貴方自身を蝕む、頭痛のタネに成ってませんか?。仕事を辞めたら本当の自分に戻れると思いませんか?。貴方は毎日、社会の海に浮かんでる。とても空しいと諦めてませんか?。生気を仕事に吸い取られる、あと何年続くのでしょうか?。仕事を「結婚」に置き換えてもOK。

私、小説家でやっていけそうですか?(笑)。原作のメタファーはこの上なく明快なので、敢えて触れません。貴方なりに考えて下さい。もし私の「カフカ理論」を読んで、グサッと効た方は、ある意味正常値と言えます。生きてる人で、悩みの無い人は一人も居ない。仕事、夫婦、子供、金銭、健康、孤独、本作を観て対岸の火事ではないと思った方は、まだ救いが有る。自分を俯瞰して見れなく為ったら、その人生こそ終わりに等しい。

正直に言えば本作は原作に反して、映画としての完成度は低い。だが、極めて秀逸なのは、100年以上前に書かれた「変身」は、見事に現代社会の問題点「介護」や「ひきこもり」を投影してる。原作は両親と妹と同居してるが、これが1人なら、夫婦2人なら、と自分の境遇に置き換えると、ホラー映画よりも恐ろしい現実が浮かび上がる。自分と主人公グレゴールとは、何が同じで何が違うのか。彼の末路を最後まで見届けて欲しい。

Everyone knows that not all change is good. 不条理とは、認めたくない貴方の真の姿かもしれない。
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