オクターヴ

カゾクデッサンのオクターヴのレビュー・感想・評価

カゾクデッサン(2019年製作の映画)
4.4
まれに一つの画面を観ているだけでも満足してしまう映画がある。今井文寛監督は照明技師を経験しているという強みがあり、今作の画面作りには光と影、そして色にもこだわりを感じさせた。もちろん、それは画面が綺麗というだけで終わる話ではない。映画にはその場面に必要な構図があり、さらにはカメラと被写体との距離感、そして何を見せ、何を見せないかの選択、また何秒だけ見せるか等、あらゆる計算、センスが必要とされるのだ。また、画面がいいと大事になるのは俳優だ。今作の主演は水橋研二である。塩田明彦監督「月光の囁き」でも印象に残った俳優であるが、今作の主演に抜擢したのは大正解であった。この今井文寛監督が作り出す画面に必要とされる演技があるはずで、今作はどの役者もうまく画面におさまっているのだが、最も難しい演技を要求されたのは水橋研二であることが安易に想像できる。というのは、この人物の背景がかなり複雑で、説明や回想シーンもほとんどないからだ。つまり、最初から複雑な過去を背負った男としてカメラの前に立つ必要があるのだが、水橋研二は堂々としていた。感情を抑えつつも役者としての雰囲気で勝負してやるという気迫が画面にも宿っていたのだ。演技を頑張ったという類のものでもない。感じたのは薄い狂気である。つまり、映画というのは妥協して作るものではなく、そこに狂気を宿せるかどうかなのだ。創作というのは、そこまでやらないと人の心には響かない。これができる水橋研二は立派な映画俳優である。さて、今井文寛監督の次回作はいつになるのか?日本映画界に現れた楽しみな逸材だ。