槙

モルエラニの霧の中の槙のレビュー・感想・評価

モルエラニの霧の中(2019年製作の映画)
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このあと本当に大事件(?)的作品が公開されない限り間違いなく今年の邦画ベスト!室蘭が舞台の7つの短編で構成された群像劇。〈今〉を描く、ではなくて室蘭に生きるひとりひとりの「私の記憶」を物語ることが、結果的に室蘭の現在が浮かび上がってくる。

「記憶」というものは人の心や脳の中にあって、人に伝えるためのものではなく、曖昧で薄れていく(あるいは強調されていく)ものだからすべてにリアリティがあったり写実的だったり、辻褄が合うものではないと思うのだけど、そうやって存在するそれぞれの記憶を見せてもらった気がした。それがそこに生きた人の数だけあって、同時多発的に存在して、街という場はそうやって出来ていくんだなって思った。

という、曖昧なものを繋ぐ架け橋的な役割を果たしていたのが大杉漣演じる写真館の主人が街の人々を撮り続けていたという事実と残された写真の数々。わたし自身はわりとデジタル派て何でもかんでもクラウドにアップデートしてアーカイブしようぜ、みたいなところがあるのだけど、紙焼きの写真、フィルムが物質として存在し続ける強さを見せつけられた。
人間関係において、いいか悪いか別として「生き残ったもん勝ち」みたいな考え方ってあると思うんだけど、それは物にもいえる。

好きなシーンもセリフも映像も音楽もたくさんあるのだけど、あえてひとつ挙げるなら最後の方(もはや何章とか分からない…)の中学生ふたりとSLじいさんの交流かな。「若者と老人が通じ合う」と書くとあざとい感動エピソードっぽく見えるけれど、この場面は全然違って、自分のことを名前のない根なし草のように思っていて自分はなんでここにいるんだろうと空っぽの心を持て余す思春期の子と対照的にこの場所に色々ありすぎてある種自家中毒みたいになってしまってる老人が、あの場所でパッとなんらかの波長が合う、みたいな瞬間があって(心通わせたとは言いたくない…)、それがなんかすごいグッときて、なんかよくわからんがそれを見ながら「ああ、街ってこういう場所なんだな」って思った。
槙