月うさぎ

モールスの月うさぎのレビュー・感想・評価

モールス(2010年製作の映画)
3.5
I must be gone and live, or stay and die.
行って生きのびるか、とどまって死ぬか。 (ロミオとジュリエットより)

見る人の感性や知識・経験の質と量によって同じものでも全く違うものを見てしまう。
この映画もそんな映画のひとつかもしれない
あとから思い返して、じわっとわかってくるような、そんな映画だった。

本作『モールス』は、トーマス・アルフレッドソン監督の『ぼくのエリ 200歳の少女』(原題:Let the Right One In)のリメイク作品。
舞台がストックホルム郊外の田舎町からニューメキシコ州のロスアラモスに変わった。

「モールス」は、ストーリーは非常にシンプルだが中身はかなり複雑な話
初恋?そんな甘いテーマじゃないことだけは確かだ。おそらく一筋縄ではいかない作品。

冒頭部でレーガン大統領の演説が挿入され、80年代のロック&ポップス、ルービックキューブなどの小道具がちりばめられる。
レーガン体制の「強いアメリカ」80年代の時代背景を強調していることが見て取れる。
そしてキリスト教やカルト集団の暴走が頻発する社会背景を匂わせる。
「アメリカの善=正義」へのアンチテーゼもあるはずだ。

男としての肉体の不完全さと家族の不完全さによるコンプレックスが少年を蝕む。 
子どもの内面に巣食う「悪」を受け止める親の不在は大きい。
父は離婚を前提に別居し、愛人がいる。母は盲目的に宗教に依存し、息子のリアルな姿を見ようとしない。
「悪は存在するの?」という叫びに似た問いは父親に黙殺され、刑事が差しのべた手も取れなかったオーウェンは、魅惑的な少女と歩む悪の世界へと足を踏み入れていくしかない。
しかしそれは、オーウェンが憎んだ「何もない町」「死の町」からの脱出でもあった。
善の世界から悪の世界への逃避行。それが、彼にとっては「生きのびること」だったから。
閉塞の街を出て新しい人生を目指すのはアメリカにはよくある願望で、ロードムービーがやたら多いのもそのせいだろう。
けれど二人の船出は難航確実。少女を「養う」ためにどれだけの犠牲者を葬ることになるのやら…愛の奴隷とはこういうこと?
想像される惨憺とした末路とは真逆の、ラストの少年の満足そうな微笑みが心にささる。

原題 Let Me In は、魔物は許可なしに家に侵入できないという掟から来ているが、悪とは外から強引に訪れるものではなく、人間が自ら招き入れてしまうものなのだというメッセージとも受けとれる。

概ね、リメイク前の原作者による脚本の映画「ぼくのエリ」のほうを「映像美とお耽美さと背徳の魅惑」によって高く評価する人が多いように見受けられる。

しかし本作品は、物語の深さにおいて決して劣るものではなく、少年と少女の魅力においては本作品の方が上。

映画館に行って驚いたのはクロエちゃんがアイドル扱いをされていたこと。この当時クロエちゃん人気はすごかったんだよ〜!
彼女目当てで映画を観に行った人が多そう。

さっき少女の魅力と言ってしまったが現作では「少年の初恋の少女は実は少年だった」という設定だ。
本作ではテーマ性を歪める恐れがあるため設定は変更されている。クロエちゃんは間違いなく女の子なのでご安心を。

監督はかなり真面目にこの映画を作ったのだと思われた。
多角的でヒューマンなテーマを掘り下げていることが、きちんとみればわかるはず。

しかし少女がモンスター化するシーンがチープで不自然すぎるなど、映像に関しては残念な点もあるのは事実。

やっぱ、萩尾望都の「ポーの一族」の方が素晴らしいわ。という結論だけど、いい?
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