mimitakoyaki

ミナリのmimitakoyakiのレビュー・感想・評価

ミナリ(2020年製作の映画)
4.2
アメリカンドリームを掴むためにアメリカ南部アーカンソーの田舎に引っ越してきた韓国人家族の物語です。

西部開拓史でもなく、80年代という割と近い過去の設定で、水源も乏しく誰も手をつけないような農業に向かない土地で、四苦八苦しながら農業経営を目指すお父さんと、心臓病を患う息子のためにも、こんな辺鄙な所ではなく、病院や学校が近くにある街で暮らしたいお母さんとの意見の対立などありつつ、そこへ子ども達の世話をしてもらうために韓国からやってきたお婆ちゃんが加わり、アメリカでの移住生活の悲喜交交をじんわりと描いています。

そんなに大きな劇的な出来事が起きるわけではありませんが、お婆ちゃんの型にはまらないおおらかさや優しさに、どこか懐かしい気持ちになるし、おばあちゃんと孫のデヴィッドが、花札したり散歩しながらだんだんと距離を縮めていくのもほのぼとのしています。

将来の展望が見えずにどん詰まりの生活に疲弊し、夫婦喧嘩が絶えずに、重苦しい空気が充満していく中、おばあちゃんの存在が家族を繋ぎます。
さあこれからっていう時に起きる出来事に、これまでの努力が泡となって消えてしまい、絶望とやるせなさでいっぱいになりますが、それでも日のあまり当たらない場所でひっそりと根を下ろし、生い茂る逞しいミナリ(セリ)に、移民達を重ね合わせ、ほんのささやかな希望を見せてくれました。

もう始まりのシーンの音楽が「北の国から」にそっくりだし、子どもの頃、夏休みに見た「オレゴンから愛」を思い出しました。
今までにアメリカに移住した移民の話はいろいろあったかもしれませんが、韓国系移民を扱い、大半が韓国語が使われてて、スタッフも韓国系の人が多い作品がこれだけ注目されるのも、時代の変化を感じます。

わたしにとってスティーヴンユァンといえば「バーニング」ですが、まさしくバーニングを彷彿とさせるシーンが出てきて、セルフオマージュかと思いました。
バーニングの時はギャッツビーのような謎のセレブ青年でしたが、今作では、荒れた土地に井戸を掘り、必死で開墾するお父さんで、息子が憧れるような偉大な父親になりたい、夢を掴んで家族を幸せにしたいと懸命に働きます。
家族のためでもあるけど、自分の夢や野望が諦められず、そのために家族に負担がかかってるのもわかってて、それも心苦しいけど、意地もあるしという葛藤を抱えた父親を演じてて、とても良かったです。

夫が、韓国にいるのが辛かったというような事をいってましたが、1980年代の韓国と言えば、その頃は軍事独裁政権で、自由も人権もあまりなく、北朝鮮との対立も常にあるしで、市民に対しても締め付けが厳しかった時代だと思います。
そんな韓国よりもアメリカに渡って大きな夢に賭けたいという思いがあったのかなと想像しました。

妻はアジアンビューティな魅力のあるハンイェリで、「ハナ」に出てた時はまだ少女っぽかったのに、ぐんと大人になり、しっとりとした、でも芯の強い母親を演じてて、ますます好きになりました。
わたしはどちらかと言うと、女だし母親でもあるから、妻に共感して見てましたが、でも夫が一生懸命頑張ってるのもわかってるから、終盤の出来事には悲しくて涙が出そうになったし、あれだけ夫と破綻寸前だったのに、夫が必死で手に入れてきた大切なものを懸命に守ろうとする妻の姿にもグッときました。

そしてやはり、おばあちゃんを演じたユンヨジョンですよね。
表情から声から、あの佇まいがもう素晴らしいんです。
粉唐辛子と煮干しをちゃんと持って来るところも好き。
花札する時に口が悪くなるのも好き。
孫に対して、決して変に甘やかしたりはしないけど、孫が不安な時は優しく包み込んでくれるおばあちゃん。
夫婦の苦しみも、その空気を感じ取る健気な孫たちのこともそばで見てて、さりげなく気持ちを支えて寄り添ってくれるところとか、しみじみと温かくなります。
それにおばあちゃんのブロークンイングリッシュが可愛すぎて楽しいし、何とも言えない愛嬌があって、重くて暗い苦労話にほのぼのとした笑いを織り交ぜてくれる存在でした。

過剰にウェットになることもなく、淡々とした日常の光景の中に、家族それぞれの心の機微が描かれていて、美しい映像や音楽、役者の演技も素晴らしく、わたしの好きなタイプの作品でした。
とても良かったです。

16
mimitakoyaki

mimitakoyaki