天馬トビオ

MINAMATAーミナマターの天馬トビオのレビュー・感想・評価

MINAMATAーミナマター(2020年製作の映画)
4.0
「写真はせいぜい小さな声にすぎないが、ときたま――ほんのときたま――1枚の写真、あるいは、ひと組の写真がわれわれの意識を呼び覚ますことができる」(ユージン・スミス)

ぼくが今までに見た写真の中で忘れることができない一枚がある。ユージン・スミスが1971年11月に熊本県水俣で撮影した、「入浴する智子と母」と題される写真がそれだ。水俣病患者さんの娘に対して注がれる母親の無償の愛情と、その母に寄せる娘の全幅の信頼。この写真には間違いなく人間の持っている最も美しく強くたくましいものが写しこまれている。宗教画を思わせる奇跡の一枚。映画は、この写真が撮られるまでのスミスと妻アイリーンの日々を描いていく。

二人はともに戦う同志であり戦友であり、尊敬しあう子弟であり、愛し合う男女。亡きスミスが憑依したかのようなジョニー・デップ渾身の演技に圧倒される。浅野忠信、真田広之、國村隼ら外国人監督が好んで使う日本人俳優が安定の(悪く言えば相変わらずの)演技で脇を固める。それにしてもこうした告発ものの硬派の映画が、当事者である日本人の手で作ることができない現実って何なのだろう。事実とは異なる物語に異を唱える人もいるかと思うが、こうした映画を製作しようと思い立った人々の思いはそれを凌駕している。何よりもなぜこの一枚の写真が撮られ、世界中にどのような影響を与えたのかをきちんと描いていることは素晴らしい。名作として語り継がれる作品だと思う。

ぼくに水俣におけるユージン・スミスとアイリーンの活動について教えてくれたのは、今は亡き永六輔さん。ロバート・キャパと同じ戦争カメラマンだとばかり思っていたスミスの別の面を知った。そして、水俣病患者さんが病気だけでなく故無き差別に苦しんでいること、水銀を垂れ流した企業や無策の国家と困難な法廷闘争を続けていることも知った。土本典昭監督のドキュメント映画の上映会にも足を運ぶようになったのもそのころからだ。それから長い年月が経ったけれど、まだ患者さんが完全に救われたとは言えない現実。そして、エピローグで流される、原発事故や工場廃液などによる公害病に苦しんでいる多くの人々が、まだ世界のあちこちにいるという現実。

冒頭と入浴撮影シーンでアキコの母親がつぶやくように唄う「五木の子守唄」が悲しく心に響く。
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