朱音

事故物件 恐い間取りの朱音のネタバレレビュー・内容・結末

事故物件 恐い間取り(2020年製作の映画)
1.2

このレビューはネタバレを含みます

『女優霊』『リング』で日本中を震撼させたJホラーの旗手、中田秀夫監督の凋落ぶりが凄まじい。

"小中理論"を実践・アップデートする気概はもうないのだろうか。どこまでもチープで、非実在性感のない、直接的過ぎて品のない心霊描写には閉口させられ、お安いドラマと、薄っぺらいキャラクター、観ていて悲しくなるほど酷い作品だった。


本作は事故物件住み続ける芸人に降りかかる、数々の怪奇現象を描いた作品だが、どうやら実話であるらしい。元々はピンで活躍し、「事故物件住みます芸人」として知られる松原タニシが執筆した『事故物件怪談 恐い間取り』というノンフィクション書籍がベースになっている。第1作が2018年、第2作が2020年に、第3作が2022年の7月に二見書房から刊行された。 その中のエピソードを抜粋して映画が製作されたようだ。劇中で亀梨和也が演じる主人公・山野ヤマメはずばり松原タニシその人だ。

作中で、山野が事故物件に住むキッカケになったのが、テレビ番組の企画だったが、松原タニシも最初は、テレビ番組『北野誠のおまえら行くな。』の企画で2012年頃から事故物件に住み始める。1軒目となる物件では、番組スタッフがビデオカメラを設置して幽霊が映ったらギャラが出るという企画『松原タニシのパラノーマル日記』が始まり、初日からオーブが飛ぶ、1週間後にはマンションから出た所でひき逃げに遭うなど数々の不可思議な現象に遭遇したそう。
その後、映画公開当時2020年の11月頃には12軒目の事故物件に住んでいるとの情報がWikipedia等で確認出来る。


霊現象に遭遇した人の、再現ドラマを見ている感覚が本作のウリなのだろう。だが、実話を基にしている割りに、序盤から過剰なホラー演出が目に付くのは如何なものか。一軒目の赤い服の女が出てくる辺りで、本作の"怖さ"におけるピークが透けて見えてしまう。

一見すると、事故物件にまつわるオムニバスドラマを見ているように感じられるが、この物語を1つの線に結ぶ存在が、後半で出現するようになる黒装束の男だ。
黒装束の男の正体は不明なまま物語は終わるが、自殺があった事故物件に住むと、次の入居者も自殺をし「連れて行かれた」と表現される事がある。

生者を連れて行く、この黒装束の男は、いわゆる"死神"に近い存在といえるだろう。

だが、この死神との対決シークエンスはまさに噴飯ものだ。死神との対決の中で、重要な役割を果たすのが、山野達がコントで使っていた傘なわけだが、作中で山野は、自身がお笑い芸人になった理由を「人は1回笑えば寿命が174秒、約3分間延びる、だからたくさん笑わせたい」と語っている。つまり人の命を持って行く存在に、山野が信じた、お笑いの力で対抗するという、希望が持てる展開だと言わんばかりの描写だが、何故、どうやって死神に打ち勝てたのかのロジックがまるでないばかりか、山野の窮地に、梓や元相方の中井が順番に登場しては状況を躱すという、今どき子供向け番組ですらやらないであろう都合のいい集結展開を見せられ鼻白んでしまう。

不動産屋の横水が何故、除霊のイロハを知っていて、それを中井に託したのかも全くもって不明だ。

さらに言えば、芸人としての矜恃が困難に打ち勝つという、ある種の夢追い人の青春物語として完結させたいのであらば、ラストに横水が死神に取り憑かれて死亡するという、ショッキング描写、不穏を残す展開はまるっきり不要なわけで、何れにしても中途半端な印象を受ける。


テレビ界の内幕ものを描いているが、まるで機能していない。
本作はホラー作品ではあるが、クロちゃんやバービーなど、テレビでお馴染みのお笑いタレントも多数登場し、全体的に明るい雰囲気の作品になっている。これがいかにもテレビ屋が立てた企画という、その類の騒がしいだけの余計な色付けが鼻について仕方がない。余程のミーハー嗜好の者でなければ、こういったコネクションや人脈のひけらかし的なニュアンスを感じさせる人物配置や作劇を好まないだろう。

ホラーが苦手、という人への配慮なのかもそれないが、作品のクオリティ・アップに寄与しているとは言い難い。
要所要所で見せられるコミカルでございな描写にも、体験型の物語から、いかにも作り物の世界ですよと、態々突き付けられているようで辟易とさせられる。こういうシーンがある度に、私の心は映画から引き離されていった。

また、たしかに最初に案を出したのは放送作家として腕前を認めて貰いたがってる中井だが、それを実際に企画としてゴリ押し、若手の芸人に押し付けるという、番組のプロデューサー・松尾の、いわばパワハラめいた業界の搾取構造で、若者の、この場合は安全な生活や人権を軽んじるスタンスが横行している現状への問題提起にもなったはずだ。だが松尾に因果応報の機会は訪れない。実際に松原タニシが活躍している現状が今も継続されているということは、この歪な構造は今もなお引き継がれているのだ。この映画はそれをはっきりと描きながら、批判的精神を持ち合わせていない。
売れない芸人あるあるだよね、とでも言わんばかりにその業界の構造に自らはまり込んで迎合しているように見えるのだ。
これが2020年の作品だというのだから呆れる他ない。


不動産業界の闇。
その代わりといってはなんだが、本作は不動産業界のブラックボックスに触れている。

不動産屋の横水は、事故物件は一度でも人が住めば、事故物件として告知する義務が無くなる為、山野に次々と事故物件を紹介してゆく。
普通なら、嫌がって避けようとする事故物件を、自分の仕事の為に利用している、この2人の関係は実際に考えると、かなり異常と言える。だが、不動産が身内を一時的に仮住まいの名義に立てて、事故物件の明記義務を逃れようとする実態は実在する。本作は上手くやれば、そうした不動産業界の闇にメスを入れる一端にもなれたはずなのである。問題を提示するだけしておいて、それについての言及の甘さが、作品の格調を見事に引き下げていることに気付いていない。これではむしろ特定の業界や、そこで真摯に仕事に取り組む人らに対して徒に失礼なだけだろう。


さいごに、
作中に登場する物件はどれも、著者の松原タニシが本当に住んだ物件をリアルに再現しているそうだ。そういう美術背景には異様な力が入っている。部屋を映し出した映像も、いわくありげな雰囲気が感じられて良かった。だがそこに現れる肝心の怪異や怪奇現象があまりにチープで、直接的過ぎるので結局は恐怖を演出し切れていない。かつての引き算の美学が中田監督にあったのなら、こうはならなかったはずだ。

中田監督の過去の遺産、その輝かしいレガシーの残高も底がつき始めている。
朱音

朱音