幽斎

ふたつの部屋、ふたりの暮らしの幽斎のレビュー・感想・評価

4.4
長きに渡り人目を忍んで育んだ「愛」老齢の2人の女性が、悲劇に見舞われ穏やかな日々の暮らしが奪われ、家族や世間を巻き込む謂れのない非難に晒される葛藤を描いたヒューマン・ドラマ。京都のミニシアター、出町座で鑑賞。

フランス南部モンペリエを見渡すアパルトマンの隣人。秘密裏に愛し合う恋人のニナとマドレーヌ。2人が世相の障壁に立ち向かう姿を、ストロングな手法で軋轢の行方をサスペンスフルな筆致で描いたのは、Filippo Meneghetti監督。新鋭ながら優れた人物描写が評価され長編映画デビューで、アカデミー国際長編映画賞フランス代表、ゴールデングローブ非英語映画賞にもノミネート、セザール新人監督賞を受賞。素晴らしい作品を日本に届けてくれたミモザフィルムズにも感謝を申し上げたい。

作品の論評を始める前に、フランス、ルクセンブルク、ベルギー合作ですが、参加国に違和感を感じませんか?、そう、ベネルクス3国の一角ルクセンブルクです。お世辞にも映画立国では無いが、本作の様な小規模で脆弱な映画製作に対し、ファイナンス的サポートをする事で知られ、常に目利きは鋭い感性で磨かれてる。分かり易く言えばルクセンブルクが関わる映画は「良作」が多い。是非、覚えて帰って下さい(笑)。

ルクセンブルクの御眼鏡に適う本作のスクリプトは、アパルトマンの最上階で向かい合う部屋で行き来する2人。夜は共のベッドで寝る関係だが、部屋を売りに出して、都会のローマへ移住するプランを立てるが、マドレーヌは子供達にニナとの関係を打ち明けられないまま。ある日、マドレーヌが病に倒れ、2人の穏やかな生活が音を立てて崩れ去り、ニナは究極の選択に迫られる。ニナは家族では無く只の隣人に過ぎない。当然、病に伏せるマドレーヌの傍らに居る事は出来ない。真実を知らなかった子供達は、ニナに拒否反応を示すのは当然だろう。

マドレーヌには家庭が有るが、夫から虐待を受けたと告白された。自分を犠牲にしても子供の為に離婚は決断出来ない。しかし、息子から父親が死ぬのを待ってたと非難されるが、その指摘は間違い無い事も伺える。夫が亡く為り2人の時間が持てるのは事実。秀逸なのはLGBTQを数多く描くフランスで、単なる同性愛の悲劇ではなく、一歩進んで同性、異性の高齢化も詳らかにする。現代社会が益々老いを迎える中、様々な問題点を浮き彫りにした視点が、批評家にも高く評価されたと思う。

おフランスらしいなぁ、と思うのは同性愛を遮断され「残念!」で終わらせず、直向きなファイティング・ポーズを忘れない。マドレーヌに逢えないニナは、次第に行動をエスカレートさせる。演出は些かスリラー・チックでも在り、観客に予断を許さないぞと警告してくる。会話の出来ないマドレーヌとニナの視点だけを使ったコンタクトには、其処に至るまでの夫婦同様に長年連れ添った信頼、其処から育まれた「愛」を強く滲ませる。

高齢者を巡るスリラーと言えば、世界一の変態監督と称えられる(笑)、Michael Haneke監督の代表作「愛、アムール」。LGBTQと言う概念すら無い2013年の作品だが、老夫婦の介護を綴った作品はアカデミー外国語映画賞、カンヌ映画祭パルムドールに輝いた。私の専門はミステリー、スリラーだがHanekeを真面目に語れば、人が表に出す事を望まない、潜めた暗部や本質的な心を手加減なく観客に突き付けるスタンスが常に議論の的に成る。老老介護を逸早く見抜いた傑作なので映画ファンなら観ない理由は無い。

時代が進んだ本作では、主人公が性的マイノリティと気付く、或いはカミングアウトするプロセスを消化した上で、LGBTQらしく生きて行く、世間の偏見や社会の生き辛さを正面から赤裸々に映画でも描ける一歩前に出た時代に成った。例え周囲の目を克服しても、本作の様に医療従事者と共に抱える問題も提起する。確かに手術や入院には近親者の同意が必要で、「親」「子」「夫婦」以外の選択種は無い。同性愛先進国のフランスでも数々の障壁が残されてるなと、感慨に深けらずには居られない。

テーマの「老い」=「死」若い女性にはピンとこない彼女達を取り巻くシチュエーション、乗り越えるべき壁の数々、社会に対する責任は十分に老いてるからこそ、様々な問題も浮かび上がる。日本人の感性なら「死を直前にしたんだから自由させてあげれば」と思うかもしれない。此れがアメリカなら「老いたからこそ果たさねば為らない責任と言うモノが有る」と考えるだろう。

老後とは日本では60歳が基準だった。だが、見た目が若々しいからと言うボンヤリした基準では無く、少子化で労働力が足りず、或いは少ない年金を補う経済的な理由で、老いても働き続ける社会に変わろうとしてる。老人と言う概念の消滅は、アラサーの私も含め、映画を見終えた頃には本作が普遍的な人生とクロスオーバーしてる事に気付く。それを可視化してくれたマドレーヌ役Martine Chevallier、ニナ役Barbara Sukowa2人の「口には出さない」表情豊かな演技には惜しみない拍手を送りたい。

不寛容な時代こそ相互理解の大切さが身に染みる。誰にでも必ず「老い」は訪れるのだ。
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