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ポゼッサーのslowのネタバレレビュー・内容・結末

ポゼッサー(2020年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

後ろめたい罪悪感と少しの快感が同時に芽生えた幼少期の出来事。歩んで来た人道はまるで借り物であったかのように、羽ばたいていた頃の記憶はここにはない。

潜在しているのはどちらの方か。
別れた(離婚した?)、というのはガーダーがテストの際に植え付けた嘘の記憶なのかなとも思える。マイケルとの会話を聞いている限り、タシャは出張が多く家を空けがち(という言い訳をしている)なだけで、別れていないようにも受け取れる。家族とガーダーと、どちらと先に出会っていたかによって、タシャの内面の読み取り方も変わってきそう。あれだけ殺人への衝動が強いのに(殺す時は執拗にナイフで刺す)、脱出時の自死では自らに引き金を引けない。これはタシャの精神的疲労が関係しているのかもしれず、乗っ取った本人(人間)の防衛本能に負けているとも取れる。次のターゲットのために乗っ取ったコリンが、そんな不安定なタシャの隙を見て入れ替わり、記憶を辿ってマイケルとアイラの元を訪れた際、タシャの裏面が再度コリンと入れ替わり、マイケルを殺してしまう。これは家族という枷を排除したかったガーダーと裏面タシャの思惑通りで、ガーダーはこの機に乗じてアイラに潜入したのだろう(ということは、この日に備えて家族にあれを埋め込んでいたということになる?)。これで自死できないタシャも救えるし、あの時殺されていなくても脱出という名目で邪魔者を排除できる(という世界観狂っているのに変な真面目さを感じるところ好き)。

また角度を変えてみると、この結婚生活が齎す、肩書き、役割、広く言えば女とはこうあるべき、からの脱却というテーマも浮かび上がってくる。社会で活かせる才能を持ちながら、家庭という檻に囚われるのはいまだ女性の方が圧倒的に多いこの時代に、殺し屋が暗躍して、最後は男性を殺す。男(社会)を始末してわたしたちの社会を作ろうというタシャの内面にとどまらないメッセージだったようにも思える。銃は男性をイメージさせる。それを自分に向ける、口にくわえるということ自体が、あの脱出の際の拒絶に出ていたのかな。脱出の時は銃をくわえて引き金を引けと指示していたのは男性だった気もする。終盤でアイラ(ガーダー)に刺されたコリン(タシャ)が反射的に発砲したシーンで、タシャは遂にその壁を破壊する。これは男性を撃ったということに加え、自らの子供を殺めたということであり、全ての仮説が一気に堕ちた瞬間だったように思えた。
さらに派生させると、タシャの性別違和の表れだったとも考えられるかもしれないけれど(ガーダーはパートナー?とか)、そこはあくまで可能性くらいに留めておこう。ただ後者のテーマメインだとすると、今となっては映画としてありふれている気はするし(原案がいつ頃あったかはわからないし、この監督ちょっと寡作が過ぎる)、単純にSFバイオレンススリラーとして観た方がキレがある気がする。

ターゲットに潜入せず、敢えて回りくどい殺し方をするのも、それが一周回って辿り着いた答えと言われれば、そうですかと受け入れられてしまうほどにこの世界観がストライクだったから、評価は甘いかも。依頼人からすればコリン(下手したら後継候補)も邪魔だったのかもしれないし、こういうやり方に全く意味がないこともないのかなと。潜入してから時間もかけ過ぎだけど、同期してから確実に殺しを遂行できるよう馴染むまでの時間と考えれば、なくはない。何か序盤でそれらしい説明もあったような気もするけれど、覚えてないよ。こういうの(『インセプション』とか)って、その商売の粗探しを始めてしまうとキリがないし、冷静に突っ込んでしまうと楽しめなくなる作品ってけっこうあると思う(『ガタカ』とか)。辻褄合わせまで完璧な作品もあるとは思うし、それはそれで素晴らしいけれど、やっぱり最後は惹きつけられるものがあるかどうか、に辿り着く。
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