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ナイトメア・アリーのYAEPINのレビュー・感想・評価

ナイトメア・アリー(2021年製作の映画)
3.2
ビジュアルに徹底的にこだわった寓話という印象だった。
ただ、寓話性が強すぎて、教訓のためのストーリー運びに感じてしまい、登場人物に共感も同情も嫌悪も抱けなかった。
せいぜい「ドンマーイ」というような、一歩引いた気持ちくらいだ。

寓話性が強いのに加えて、ブラッドリー・クーパー演じる主人公がそこまで悪人に見えないのが大きな要因だったと思う。
かの「グレイテスト・ショーマン」の方がよっぽど偽善的で嫌なヤツだった。

流れ者の主人公は、移動式サーカスの一行と出会い、読心術を学ぶ。
頭角を現した男は、ルーニー・マーラ演じる「電気人間」の女を連れて霊能師として世に出て活躍する。
その過程で、富豪から個別のオファーを受け、心理学者(ケイト・ブランシェット)と組んで、スピリチュアル・カウンセリングのようなことを行っていく。

主人公は、霊視ショーでインチキを働いたり、スピリチュアルと見せかけて裏で情報収集をしたり、決して褒められた行為はしていない。
実際に主人公は、最終的に「強欲で利己的な詐欺師」として報いを受けていく。

ただ、本当に霊能力が機能している時もあるし、鋭い観察力を必要とする読心術はマスターしているし、完全な詐欺師とは言い切れない。
実情インチキだったとしても、結果相談者が自分の悩みを他人に言語化され、紐解かれていくことで気が晴れる部分があるのなら、むしろ善行にも思えた。

また、「金のため」と口では言いつつも、そこまで金に執着しているような素振りはない。
金持ちに取り入り始めた時点で、主人公自身もそこそこいい暮らしはしており、さらなる報酬を望む場合は、彼が金に何らかの妄執を抱いている様子を示してほしいと思った。

主人公が、父、引いては高齢の男性との奇妙な縁に振り回されているという設定も面白かったが、その点の帰着も若干曖昧だった。
他者への読心術を通して、自らのトラウマにも向き合わざるを得ない葛藤…などがあったら、興味深かったと思う。

現在、人間の心の動きやメンタルケアが重視される時代になったものの、20世紀前半ではまだ霊能力としてオカルトチックに括られていたことを、本作を通して認識した。
霊能力を使わずとも、主人公は読心術を使って人の心の靄を解きほぐし、自己肯定や抑圧からの解放を促している側面もあったので、メンタルケア論的なテーマに振り切ってもよかった。
そしたらハートウォーミングになってしまうのかもしれないが。

美術や衣装、演者のメイクアップに関しては、細部に精巧な美しさとおどろおどろしさが散りばめられていて、デル・トロ・ワールドを感じることが出来た。
ただこちらも、気持ち悪い危なそうなホルマリン漬けアイテムが沢山ありながら、特に暴れたりすることなく、不穏なだけで終わってしまったのが残念だった。

様々な部分で煮え切らない、中途半端な部分が多くてもったいない作品だったと思う。

役者の佇まいは、大御所揃いだけに皆素晴らしかった。
トニ・コレットを起用した人は天才だし、もうすっかりおばあちゃんだと思っていた彼女がこんなにもエロティックに映るんだと感激した。
彼女には『ヘレディタリー』で散々苦しめられたが、演技の幅広さを感じた。

デル・トロ版『キャロル』を観てみたくなる布陣だった。
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